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決壊.5
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ーーーーーそれから、2週間。
なかなか目を覚まさなかったこと、一部の記憶を喪失しているとあって、ずるずると入院が続き。
「…………明日から、か」
ようやく明日退院というところまできたが、気は重い。
壁にかけられた制服は見慣れないもので、今はもう、自分がなぜその学校を選んだのかすらわからない。
『あんなことがあったんだし、隼人と同じ学校に編入したら?』
真理子さんはしきりにそう提案したが、とてもそれを呑む気にはなれなかった。
訳も分からないまま、ただ彼女達の世話になるのは気が引けて。
「おー、響介、取り敢えず制服そこ置いといたぞ」
そんな声に振り向けば、この2週間で、随分"普通"に戻ったように見える隼人がいる。
気まずかったあの日が嘘みたいに、当たり前に距離を詰めてきたこいつ。
「………ああ、悪いな」
「べつに、これくらいなんでもねーよ!」
ニカッと、快活そうに笑うその様子に、自然と目が細まる。それが例え無理をしてのものだとしても、こいつの"普段通り"に助けられている自分がいることは確かだった。
「あ、そういえば、今日さ〜」
そんな風に始まって。
どかりとベッドの横に腰掛けた隼人は、途切れることなく、なんてことはない話を続ける。
道端にかわいい野良猫がいた、とか。
おばあさんに席を譲ったら飴をもらった、とか。
今日は英語で当てられて困った、とか。
そんななんてことない日常を、楽しそうに話すから。
「………………はっ、」
いつも少し、笑ってしまう。
それを見て、隼人はまた楽しそうに笑うから。
それが、本当に、あまりにもいつも通りだから。
『ごめん、なあ、』
ーーーーあの日のこいつは、夢だったんじゃないか。
そんな風に思う自分がいる。
自分はまだ中学二年生で、明日退院しても、隣にこいつがいて、両親がいて。
そんな平凡な日常を送れるんじゃないかと、そう思っている自分が。
けれど。
「…………響介?なんかあった?」
確かに、記憶より成長した隼人の容姿が。
視界の端にちらつく、見慣れない制服が。
現実を、突きつけてくる。
「……いや、悪い。なんもねぇよ」
「………………もしかして、不安?」
誤魔化そうとしたのに、真っ直ぐに核心をついてくるところも、昔と変わらないのに。
「…………」
「……あ、図星?俺ってば核心ついちゃった?」
成績もよくなくて、いつだって馬鹿みたいにヘラヘラしてて、屈託なくて。
だけどそんなこいつが、本当の馬鹿じゃないことは、俺が1番よく知っていた。いつだって自分がおどけて、さりげなく周りをフォローする。
「……うっせぇ」
この2週間、なんどもそれを見てきたはずなのに、何故だか今日は特に苦しくなった。
説明できないような不安は胸の内をめぐって、吐き出し方もわからない。
ぽすりと、立てた膝の間に頭をのせ、蹲れば、珍しく部屋に沈黙が舞い降りた。
「………………」
「………………」
ほかに誰もいないこの部屋は、隼人が黙ってしまえば、驚くほどに静かだ。
ちく、たく、ちく、たく。
小さく刻まれる秒針の音が、迫り来る明日の存在を強調してくる。
なにも考えたくなくて、ただその音に思考を委ねれば。
「………………あの、さ」
何十回か、何百回か、その音が過ぎ去ったあと、隼人は迷うように口を開いた。
「…………俺が、お前の学校に編入するって言ったら、どう思う?」
思いがけない言葉に、思わず顔をあげた。
『なーんちゃって』
それこそ、そんな風におどけてみせると思ったのに、隼人の表情は、いたって真面目で。
嫌な、予感がした。
「…………編入?」
俺の学校に?こいつが?
「……俺は恭介みたいに頭よくねえし、スポーツ推薦みたいなかたちになるけど」
「……は?お前それ本気で言ってんのか」
「うん、本気だよ」
なんで、そう溢れそうになった言葉を、ギリギリで押さえ込んだ。
何故って、そんなの決まり切ってる。
俺が、不安そうにしているからだろう。
「………………」
驚きと自己嫌悪で、うまく言葉がでてこない。
そうして、ただ呆然と隼人を見つめる間も、隼人はただじっと答えを待っていた。
…………ここで、なんと答えるかで、本当にこいつは行動を変えるつもりなのか。
ーーーーー俺の一言が、こいつの人生に、影響を与える?
そう考えて、ぞわりと鳥肌がたった。
「………ッ?」
覚えのない感覚、それなのに何故か伴う既視感。
血の気が引いて、頭がグラグラして、視界が明滅する。
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