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転換.2
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「もー、カイチョーおそーい!待ちくたびれたんだけど〜」
頼んでもいないのに、言葉通り、律儀に待っていたらしい金髪は、態とらしく頬を膨らませながら、再び俺の腕を引っ張った。
「おい、どこ行く気だ」
「生徒会室〜」
「は?」
「だってまだ大分時間あるでしょ〜?」
そう言われればまだ時間に余裕はある。だからといって、急すぎないか。
けれどどう見ても引きそうにないこいつを見て、諦めて抵抗する力を緩めた。
「…………はぁ」
先程のように大声で捲し立てたりしないのは幸いだが、それでも変わらず感じる視線。
その視線は俺のみならず、強引に握られた、この手にも突き刺さっているように感じる。
「ぇ、音川様が……?」
「え、なんで?」
「あの二人って……」
"仲悪いんじゃなかったの?"
そんな声がふと耳に届いて、ピクリと指先が震えた。
それを感じ取ったのか、金髪はちらりとこちらを振り返ったが、手を解くことはしない。
むしろ。
「…………!」
俺の動揺を打ち消すように、さらに強く手を握りこんでくる。
意図を探ろうと金髪の顔を覗き込もうとしても、俯きがちにすすむそいつの表情を読み取ることは難しかった。
そうして黙々とすすむうちに、次第に周りの生徒は少なくなり。
「ついた〜、ここだよ〜!」
そう言って、顔を上げた。
へらりと笑うその表情は、最初に見た時と変わらない。
まるでなにを考えているのかわからなかった。
「…………そうか」
どこか煮え切らないものを感じながらも、それ以上になにかを言うことはない。
「じゃ、はいるね〜」
軽くそう声をかけ、読み取り機のようなところにカードをかざす金髪の後ろ姿を、なんとなく眺める。
こんなに、"普通"に接してくるこいつとも、俺は仲が悪かったらしい。
…………それじゃあ、中にいるやつらとは?
たとえ、今までの会長が俺だったとして、それがどうだと言うんだろう。そいつらは俺が戻ってくることを、果たして望んでいるだろうか。
望んでくれていたとして、記憶もなにもない、俺でもいいのか。
ここに帰ってくることは、正しいのか。
ーーーーそもそもここは、"帰ってきて良い場所"なのか。
ぐるぐる考えてみたところで、碌な考えは浮かばない。
覚悟をすることもできないまま、金髪につられるように生徒会室に入れば。
「ッ、」
バッと、勢いよく中にいた3人が振り返って、そして。
「「椿屋」」
「椿屋会長」
それぞれが、一斉に俺の名前を呼んだ。
ピクリと肩が震えるのを、無理矢理抑え込む。
「………あぁ」
なんと言っていいかわからず、ただそう返せば。
「は?!」
ぽろり。
一番近くの席にいた、快活そうな生徒の目から涙が溢れた。
「う、ううう、もう、椿屋会長…………!心配、したんですからね!!」
まさかそんな反応をされるとは思っておらず、狼狽える俺を睨みつけて、そいつは続けた。
「ほんとに、ほんとに、もう目を覚まさなかったらどうしようって…………。
もう絶対あんなことしないでください!!」
「おい、落ち着けよ。いまのそいつに言っても、何のことかわかんねぇだろ……」
近くにいた別の生徒が宥めるようにそう言った。
なにも、間違っていない。その通りで、そんなことを言われても、俺にはなにもわからない。
それでも。
その言葉で暗に、
『お前はここにいるはずの、"椿屋響介"ではない』
そう言われたような気がして。
無駄だと、被害妄想だと分かっていても沈みそうになる。
…………女々しい、馬鹿みてぇ。
自分の思考に嫌気がさした。
これ以上益体も無いことを考えたくなくて、目を逸らそうとする。
が、真っ直ぐにこちらを見据える潤んだ目が、それを許さなかった。吸い寄せられるように、視線が食い止められる。
そうして、そいつは真っ直ぐ俺の目を見たまま、ふたたび口を開いた。
「そんなの、わかってます!でも知ったこっちゃありません。俺は、"椿屋会長"に、もう危険な目にあって欲しくないんです。だったら、この人に言うしかないでしょ」
"だって、どうしたって、'椿屋響介'は、この人1人しかいないじゃないですか"
なんの迷いもなく、ただ真っ直ぐに告げられたその言葉に、不覚にも泣きそうになった。
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