アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
転換.6
-
もぞりと身動ぎをして、違和感に目を開いた。
腰が、痛い。
どうしてか、眩しい。
それから。
「……あたた、かい?」
思い浮かぶままに呟いた自分の声で、思考がクリアになる。
そうして、自分の頭が寄りかかっているところを見れば。
「…………!」
微動だにせず、武川が寝息を立てていた。
武川を起こさないよう、慎重に肩から頭を起こし、時刻を確認すれば、もう午前7時半で。
思ったよりも眠ってしまっていたことに、焦ると同時に動揺する。
あんなにも、眠れなかったのに。
そうしたって、なんの答えも得られないと分かりながら、武川の顔をじっと見つめた。
長い睫毛が影を落としていて分かりにくいが、その目元にうっすらと浮かぶ隈。
それに、何とも言い難い苛立ちが湧いた。
…………俺を寝かせて、自分は寝不足とか、馬鹿じゃねぇの。お前こそ、"部屋で"ねろよ。
起こさないよう、心の中だけでそう呟く。
さて、これからどうするか。
時刻的には、一刻も早く部屋に帰り、準備をして生徒会室に向かいたいのだが。
眠っているこいつを、どうしたものか。
起こすのは忍びないが、だからと言って放置してするのも気がひける。
ひとり、考えあぐねていると。
「…………ん、」
タイミングよく、武川がうっすらと目を開けた。
そうして目が合えば、途端にその目はぱっちりと開かれる。
「もう、朝か」
けれどそう呟く声は少しかすれていて、眠そうだ。
伸びをすると、その身体がバキバキと音を立てるのを聞いて、いたたまれない気持ちになった。
感謝すべきか、謝罪すべきか、問いただすべきか。
何をどんな風に言えばいいのかすら分からず、ただ視線を彷徨わせる。
「おはよう」
だから、一瞬。
それが自分に向けられたものだと気づかなかった。
「は…………?」
虚をつかれて視線を戻せば、武川は真っ直ぐに俺を見ていた。
「だから、"おはよう"」
「あ、あぁ。…………おはよう」
……このタイミングでそれを言うか。
辿々しい返事だったが、それでも、それを聞いた武川は満足そうに微笑んだ。
「…………」
こんな風にペースを乱されるのは、苦手だ。
どうしていいのかわからなくなる。
どうにか流れを作ろうと、誤魔化すように、昨日からくすぶっていた疑問を投げかけた。
「……お前、なんでこんなとこで寝てんだよ」
「あぁ、それか」
一体何を言われるのか、身構えていれば。
「それは、寝る場所がないからだ」
帰ってきたのは、あまりにも予想外の返答だった。
「………………はぁ?部屋があるだろ」
「……覚えてないだろうけど、お前が記憶喪失になる前、俺お前と同じ部屋に住んでたんだよ」
「は?」
次々明かされる情報は、予想外のものばかりで、頭が痛くなる。
たしかに、俺の部屋は2人でも十分に過ごせる程に広い。
けれどそれは、生徒会の特権だと担任から聞いていたし、相部屋だなんて聞いたこともない。
「……そんな話、きいてねぇ」
「だろうな。訳ありってやつで、保健医に聞いたらわかる」
そう告げる目は、真剣そのもので嘘をついているようには見えない。
「…………"訳あり"?」
けれどそう踏み込めば、一瞬その瞳が、迷うように揺れる。
「…………俺の側の、な。隣の部屋がうるさすぎて、ねれねぇんだよ。だからお前の部屋にずっと泊めてもらってた」
気まずそうにそう言う様子はあくまで自然だったが、これはきっと嘘だろう。
ここの壁は、相当頑丈だ。実際、ここまで数日過ごしてきたなかで、隣の部屋の生活音なんて、聞こえたこともない。
それに、万が一隣が常識外れに五月蝿かったとして。それだけの事情なら、俺じゃなくてべつの友人に泊めてもらえば済む話だ。
だから、これは十中八九嘘で。
少なくとも、なにかを隠しているのは確実だ。
「……じゃあ戻って来ればいいじゃねぇか」
けれど、そうと分かりながら。
気付けば俺の口は勝手にそう返していた。
「…………え?」
予想外の言葉に驚いたのか、武川の目が見開かれる。
我に返って、喉の奥から苦味が湧き上がるが、言ってしまったものは仕方がない。
「……俺のせいでこんなとこで寝られるなんて胸糞悪りぃんだよ。変な気なんて使わず、戻って来ればいいだろ」
慌てて取ってつけた理由が、それらしく聞こえた事だけがせめてもの救いだ。
「いいのか?」
「しつけぇ」
途端に嬉しそうに笑う顔を見て、胸が苦しくなった。
なんなんだよ、これ。わけわかんねぇ。
病院で目覚めてから、この学園に来てから。
本当に、わけがわからないことばかりだ。
でも、その中でも一等わからないのは。
気になって仕方がないのは。
「ありがとう、助かる」
やっぱり、屈託無く笑うこいつのことだ。
必死に病室に駆け込んで来て。
そのくせ、仲が良いのかと言う質問にうろたえて。
タイミング良く、俺の前に現れて。
嘘をついてまで、俺の部屋に来ようとする。
けれど、悪意は感じない。
不安要素しかなくて、わけがわからないのに、気になって仕方がない。
余計不安になるとわかっているのに、無意識に踏み込むのを、受け入れるのをやめられない。
ーーー最初から、ずっと。
こいつといると、自分で自分のことがわからなくなる。制御が、効かなくなる。
「今日からよろしくな、椿屋」
その証拠に、早くここを去って、生徒会室に行かなければと、そう思うのに。
嬉しそうに笑って握られた手を、どうしてか解くことができなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
88 / 125