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混沌.4
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朝からどこか、騒がしい気配を感じてはいた。
けれど、まさかそれがこんなことだなんて、一体誰が想像できただろう。
「響介!!!」
教室のドアをくぐれば、聞こえてくるはずのないその声が響いて。
全てが、動きを止めた。
俺も、教室も、誰もが。
「は…………?」
「来んのおせーよ!先に紹介されちゃったじゃんかー!」
ぷりぷりと怒ってみせるその顔は、俺の記憶となに1つ変わらない隼人で。
つまり、ここになんてあるはずのないもの。
「おまえ、なんでここに…………」
息が詰まって、胸が底冷えして。
周りの視線を、流れる時間を感じながらも、そんなことしか言えなかった。
「…………来ちゃった、やっぱお前と離れてんのってさ、なんかしっくりこなくて」
そんなことを言う見知った顔ーーーー"いつも通り"の底抜けに明るい笑顔からは、なにも読み取れはしない。
だから、それが、その言葉が本心なのだとそう受け取ることは簡単で。
「…………なんで、今更」
それでも、俺が知らない数年感、俺たちが離れていたことはまぎれもない事実だ。
それを考えれば、どうしたって違和感は拭いきれない。
「…………っ、いやさ、きょーすけが、寂し〜って泣いてんじゃないかと思って?」
ちゃらけた表情。
その合間に垣間見える、記憶より大人びた表情、仕草。
一瞬覗いた、傷ついた顔。
それが、不信感を助長して。
『…………俺が、お前の学校に編入するって言ったら、どう思う?』
そこでふと脳裏に閃いたのは、そんな言葉。
忘れていた、流してしまった、あの言葉。
自分の不安を気取られて、そうして吐かせてしまったその言葉。
「…………、」
あぁ。
ーーー俺の、せいか。
全部。
ーーーツキリ。
「…………響介?」
「……わりぃ」
「…………え?なんか言ったか?」
何故か頭と胸が締め付けられるように感じて、制服の胸元を握りしめた。そうしなければ、なにかが溢れて、崩れてしまう気がしたから。
「…………響介?」
その声に微かに滲む心配に、ふるりと軽く頭を振った。
暗い顔をしていたって、事態は悪化するだけだろう。
「…………はぁ。寂し〜って泣いてたのはテメェだろ。勝手に脚色してんじゃねぇよ」
軽く口角を上げてそう告げ、"いつものように"肩を小突けば、隼人は安堵したように笑った。
「いてっ、てか泣いてねーし!」
「はっ、どうだか」
「そういうこと言う〜?!」
記憶と同じ形での、軽い巫山戯あい。
なんの変哲も無いはずのそれに、教室にざわめきが走った。
「え?なに、編入生、会長の知り合いなの?」
「……仲、よさそう?」
「…………何者?」
「あーーー、お前らとりあえず静まれ。朝礼すんぞ」
タイミング良く入り込んできた担任がそう言えば、一応は静かになる教室。
けれど変わらず晒される視線は、絶えない。
いつもの悪意とも違う、純粋な好奇心からくる視線は、それはそれで居心地が悪い。
「……で、もう自己紹介はすんでるみたいだが、そいつは転入生の志田隼人だ。仲が良いんなら椿屋の横の席でいいな」
「むしろサイコーっす!」
「ああ、そうかそうか。わかったからはやく座れ」
「はーい」
砕けた敬語を使いながらニコニコ笑い続ける隼人。
ちらりと横目で伺えば、悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「ま、改めてよろしくな!」
記憶と少しも変わらないその笑顔は、確かな安堵をもたらす反面。
「………なんだそれ」
声の高さ、話し方のトーン、些細な表情の違い。
そんな僅かな違いが、浮き彫りになる。
どんなに足掻いたところで。
俺の"日常"は、確かにもう過去のもので、ここにはない。
ここにあるのは、そんなかつての日常の先にある、歪んだ日常だ。
"俺"も隼人も、もう変わってしまった。
そうして、違う道を歩いていたのに。
「……まぁ、よろしくな」
「おうっ!!!」
俺の存在が、今のあり方を歪めてしまったのだと、そう感じずにはいられず。
ーーーーー心臓の奥がひりつくように冷たくて、恐ろしかった。
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