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混沌.6
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ーーーーどうしてこうなった。
体育の時間。
肌に感じるのは、夏を迎えて鋭くなった日差し。
煩わしいほどの蝉の鳴き声。
全身に張り付くような、湿気を帯びた熱気。
それだけでも鬱陶しいと言うのに。
「よ、よろしく、お願いします…」
「足引っ張ったら、すみません……」
「俺らのことはいないものとして扱ってくれてかまわないので」
消え入りそうな声と、気まずそうな表情に囲まれ、思わず溜息がこぼれる。
「…………ハァ」
それにまた怯えたような表情をするの同級生を見て、頭が痛くなる。
ーーまるで独裁者にでもなった気分だ。
もうあまり関わらずにいるつもりだったというのに、まさかこんなことになるとは。
「…………名前は」
端的に呟けばまた怯えたような視線を返される。
「……や、山田です」
「内田です……」
「…川口です」
「……山田、内田、川口だな。よろしく」
そう言えば、どうしていいかわからないと言う顔をしながらも、各々が小さく頷いた。
どう見ても"よろしくしたい"様子ではなさそうだが、だからと言って黙っているわけにもいかず。
「……まず、敬語は必要ねぇ。同級生だろ」
そういえば面食らったような顔をする3人。
「あと、俺と隼人は経験者だから何か聞きたいことがあれば聞いてくれ」
「そー、特に響介はすんっげー教えんのうまいぜ!」
そこで、この状況を作り出した元凶がひょっこり顔を出した。
「!隼人、てめぇ」「こーんな怖い顔してるくせに何だかんだ優しーし」
遅いんだよ!と文句を言う暇さえ与えられず。
悪びれる様子もなく、のらりくらりとしているのが腹立たしい。
大体、怖い顔ってなんだ、喧嘩売ってんのか。
不機嫌そうな顔をしようと、隼人は歯牙にもかけず、ベラベラとまくし立てる。
「なんてったって、バスケ部の部長だったもんな!」
そうしてとどめに告げられたその言葉に、3人の目が一層見開かれるのがわかった。
「バスケ部……?」
「部長…………」
どこか呆然とつぶやかれた言葉に、隼人は目を三日月のように細める。
気色悪い笑い方に軽く肘で小突いても、気にした様子もない。
「なにー?意外?けど、きょーすけは後輩ウケもよかったよ?何だかんだ面倒見いいし、意外と気が長いから練習もすごい付き合ってやってたし、アドバイスも的確だし、なにより上手いし、それにそれにー…」
耐えきれず、水を得た魚のように鼻息荒くまくし立てる隼人の後頭部を軽く叩いた。
「いたっ?!」
「いい加減黙れ、うるせぇんだよ」
「えー、なに?照れてんの?」
ニヤニヤと煽ってくるその表情に軽く舌打ちする。
「図星?」
「うるせぇっつってんだろ」
さらに鋭く睨みつければ、肩を竦めて口を閉じた。
「まだまだ言いたいことあったのになー」
「いいから黙っとけ。どうせ喋るならてめぇが仕切れ」
「はいはーい、黙りますよーっと」
やたら機嫌が良さそうな隼人はくるりと人差し指でバスケットボールを弄ると、そのままゴールの方へと消えていこうとする。
「おい、待てどこ行く気だ」
「久しぶりだし、練習!」
「はぁ?それより前にやることあんだろ」
所在無さげに立つ3人に視線をやりながら言えば。
「えー……キャプテンは響介じゃん?それに、俺教えんの下手くそだし?」
悪びれずにそう言って、肩をすくめてみせた。
前半はどう考えてもこいつのせいだ。
しかしながら、センスで押し切るタイプのこいつが、壊滅的に指導が下手なのもまた確かで。
「…………」
「そこで黙る?!せめてフォローしよう?」
「…………まぁ、野生児だから仕方ねぇな」
「おい、フォロー下手くそかよ!まぁいいけど!
……ま、そう言うことだから、点取るくらいしかできないし、練習します!あとはよろしく!」
否定されないのをいいことに、隼人は満面の笑みで去っていった。
「…………はぁ、」
悪びれず遠ざかる背中と体にちくちくとささる3人分の視線に、思わずため息が溢れた。
ーーーどうしたもんか。
ちらりと視線を3人に戻す。
3人は、困惑したように視線を彷徨わせていた。やりにくくて仕方がないのだろう。くじ引きで決まってしまったらしいこの人選。折角のイベントなのに楽しめないのは災難と言うほかない。
…………いっそ、俺が抜けるか。
それなら誰も困らないだろうし、自分は然程イベントに執着があるわけでもない。隼人は五月蝿いかもしれないが、アイツのゴリ押しのせいでこんな面倒くさい目にあっていることを思えば、気にしてやる義理もないだろう。
この後どうすべきかと考えながら、どこからか転がってきたバスケットボールを目で追っていると。
「…………会長は、」
高い身長に反して気が弱そうで、長い前髪が印象的な山田が口を開いた。
「あ?」
「バスケ部の部長やってらっしゃったんですね」
「あぁ、一応な」
「……意外、でした。こういうチーム戦みたいなことはお嫌いなのかと……」
「……別に、嫌いじゃねぇな。あと、敬語はいらねぇっつってんだろ」
「あ、す、すみませ」
指摘をすれば、今にも泣きそうに慌てるその様子に思わず笑ってしまった。
余程俺のことが怖いらしい。意識的には年下なんだがな。
「謝る必要ねぇだろ。ただ、同い年なのに敬語ってなんか気持ち悪りぃ」
「あ、は……うん、わかった」
「そうしてくれ、他の奴も」
見過ぎればまた気まずいだろうと、再びボールに視線を落とした。そのまま足元まで転がってきたボールをなんとなく手に取り、軽く感触を確かめる。
「…………」
そのざらりとした肌触りが、どこか懐かしかった。
シュッ。
そのままゴールに向かって投げれば、それは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていく。
「……さすが」
思わずと言ったように溢れた言葉に振り向けば。
しまったというように口元に手を当てる川口。
意図がよくわからず首を傾げれば、躊躇いながらも口を開いた。
「いや、会長は何でもできるんだな、と思いま……おもっ、て。足引っ張らないように気をつけま、あ、いやえと、気をつけ、る」
そういって気まずげに逸らされる視線。
それはまるで、自分が邪魔になることが、そして俺が邪魔だと思うことが前提みたいな言い方だ。
そんなにも、ここにいた自分は排他的だったのだろうか。
「……そんなこと、気にしなくていい」
「……え?」
「別に、試合に勝つ必要ねぇだろ」
「……勝つつもりは無いってことですか?期待してないって?」
片眉を潜めてそう切り込んできた内田は、どこか不満そうだ。
「そういうつもりで言ったわけじゃねぇ」
「じゃあ気にしなくていいってなんなんです?」
「敬語」
「……なんなんだ?」
俺に怯えているのかと思っていたが、この目つきを見るにそういうわけでもなさそうだ。勝気そうにつり上がった目は、真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「こういうのって、勝つためだけにやるもんでもねぇだろ。チームプレイなんだから、個人がどうじゃなくて、全員でどうやっていくかだしな」
「…………チーム、プレイ。……全員で?」
似合わない、と思っているのか。
その瞳は不思議そうに揺れた。
「だから、皆が自分の役割を果たして、楽しめたらそれが1番なんじゃねぇの。まぁ、勝てるに越したことはねぇけど」
「「「…………」」」
似たような表情で、戸惑ったようにこちらを見る3人に、苦笑した。
「まぁ、お前らはくじで負けただけだし、そもそもやりたくねぇなら無理強いはしねぇよ。俺が抜けてもいいしな」
また別のボールを拾い上げ、軽くその場でバウンドさせる。
言ったことは全て本心だし、撤回するつもりもない。
ーーーただ。
「…………折角だし、いい思い出が作れたら、とは思うけどな。まぁ、俺は適当にしてるから、お前らもやりたいようにやってくれ」
まぁ、"いい思い出"なんて、俺と同じチームになった時点で台無しかもしれないが。
これ以上自分といても良い気はしないだろうと、ひとまず隼人の方に足を進めれば。
「……俺も、練習する」
「…僕も」
「俺も」
まだ少し気まずげな表情のまま、それでも確かについてくる3人。
予想外の反応に少し惚けていると。
「……折角だから勝ちたいし、早くやろうぜ」
内田に無愛想に告げられたその言葉に、目を見開く。
「……しごいてやるよ」
それは少しむず痒かったけれど、決して嫌な感覚ではなかった。
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