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混沌.8
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「じゃあ、おやすみ」
「……あぁ、おやすみ」
有言実行と言わんばかりに、早めに告げられた就寝の合図。
律儀なやつだと思わず笑ってしまった。
「………」
それに少し考えるような顔をした武川は。
「!」
少し破顔した後、此方の頭に手を乗せ、ゆるりと撫でる。
「またなんか悩んでんのかと思ったが、安心した。
………寝るか」
そう告げるだけ告げて、此方が茫然としているのにも構わず、先に寝室に入って行った。
「…………」
訪れた静寂に、ずるずると力なくその場にへたり込んだ。
「………ほらな、杞憂じゃねぇか」
柔らかく触れた熱の余韻を辿るように、そっと頭部を押さえる。まるで慈しむようなその触れ方は、正しく弟とか、家族に向けるものだろう。
ーーーー染まりすぎだな、俺もあいつも。
男同士の恋愛が当たり前だからって、誰もがそうなるわけじゃない。
どこか居た堪れず、気まずくてぐしゃりと髪をかき混ぜた。熱の余韻を消すように。
あの日、目覚めたとき。
たしかに触れた、燃えそうなほど熱とは対照的な、穏やかでただただ優しい温もり。
思い返せば思い返すほど、わかる。
ーーー今の俺は、武川があの熱を向ける"俺"とは違う。
「………馬鹿馬鹿しい」
ごちゃごちゃ考えていることが無駄だとわかっただけで僥倖だというのに。
「………、っ」
ズキズキと、重苦しく脈を打つ心臓が煩わしい。当たり前のことを再確認しただけだというのに。
どこまでも愚かな自分に冷笑して、ゆっくりと立ち上がる。
言い訳も、気付かない振りも許さないと煩く騒ぐ心臓を上から押さえつけた。
わかってんだよ、もう自分でも。
それでも、こんな感情なんてあるべきではないから。だから、誰にも気づかれるべきではない。例えそれが自分であっても。誰からも気付かれさえしなければ、これはないのと同じだ。
だから、これはただの依存で、甘えで。
一番最初に差し出された手に縋る雛と変わりない。
それ以上でも、それ以下でも無い。
ゆっくりと、刻みつけるように自分にそう言い聞かせて、1つ息を吐いた。
そのまま平静を装って寝室のドアを開ければ、視界に入るのは半分のスペースが開けられた、一台のベッド。
まだ寝ていないとわかりつつも、そっとその横に潜り込んだ。
そうして、さっさと寝てしまおうと視界を閉ざすも。
「おい、なんでそんな端なんだよ。落ちんぞ」
隣で身動ぎする気配を感じた直後、腹に回った手に引き寄せられる。
「ぅ、ぇ………おい!お前なぁ!」
腹の圧迫感とその強引さに抗議しようと振り向けば。
「ぅおっ、びびった」
「っ……………」
思わず息を呑むほど近くに、その顔が。
「……………」
「………………」
「…悪い」
暫し舞い降りた沈黙の後、気まずそうに武川は告げた。
「…お前はいつも強引すぎんだよ」
「…けどそんな端じゃ落ちんだろ。頭でも打ったらどうすんだよ」
呆れたように苦言を呈せば、謝罪とは裏腹に反論される。
………本当にこいつは、俺を弟かなにかと勘違いしてんじゃねぇか?
そのズレた心配性っぷりに、逆に笑いすらこみ上げてくる。
「んな寝相悪くねぇっての。隼人じゃあるまいし」
その幾分か解けた空気に安堵しながらそう言えば、何故か空気が冷えたような気配がした。
「…………はやと?志田のことか?」
「あぁ。あいつの隣で寝るときは、全身青痣塗れになる覚悟がいる」
少し緩んだ武川の拘束に、今のうちにと距離を開けようとすれば。
「…あいつともこの位の距離で寝たなら、尚更このままで問題ないだろ」
再びかなりの強さで引き寄せられた。
「……………はぁ?なんでそれが今関係あんだよ。大体これはいくらなんでも近すぎだろ」
確かに今更な部分はある上に、自分が夜中に魘されていると、気付けば抱き締められている時さえある。
しかしさすがに寝る前からこの体制は、いろんな意味でおかしい。というか、俺が無理だ。
「落ちるよりマシだろ」
「いや、落ちたことねぇし、落ちねぇっつうの」
「大体、なんであいつとそんな至近距離で寝てるんだよ」
「……はぁ?なんでまたそこにもどんだよ。ほぼ昔の話だっつーの」
「"ほぼ"……?」
「………一回あいつが病院のベッドに無理やり潜り込んできたことがあったってだけだ」
嫌に掘り下げてくる武川の圧力に、後退ろうとするも、他ならぬ武川の手がそれを許さない。
「じゃあやっぱこのままでも寝れるってことだろ。お前が本当に寝てるかも確認できるし、ちょうどいいだろ」
あくまで譲る気がなさそうな竹川にそう言われ、返答に困る。論理がおかしい。
そもそも、なぜそこまで隼人にこだわる。
元々強引なところがあるとはいえ、今日は何処かいつもの武川らしくない。
ーーーこれじゃあまるで、
また馬鹿なことを考えそうになって、無理やり思考を打ち切った。
「…なんでそこまで隼人と張り合うんだよ」
愚かな思考を、他ならぬ武川の言葉で否定して欲しかった。だからただそう問うた。
そうすれば、数秒もしないうちにくだらない思考は打ち砕かれるはずだった。
それなのに、帰ってきたのは不気味な沈黙と、焼けそうに強い武川の視線。
「………………………なんでだろうな?」
意味深にあがる口端。
わかるだろ、とでも言いたげな瞳。
そこから、目が離せない。
「………………わ、かんねぇから聞いてんだろ」
辛うじてそう吐いた声は掠れていて、緊張を表象するかのように、震えている。
「……そうか。まぁいい、兎に角寝るぞ」
武川は少し面白くなさそうにそう呟きながら、自分の胸元に俺の頭を引き寄せた。
その視線から逃れるのに必死で、文句の1つもいえないまま、その胸元に引き寄せられる。そこで気付いた。
そもそもの言い合いの要因はこの距離だったというのに、これでは本末転倒だ。
してやられた、と思う反面、今はそれどころではない。
いつもより早い心拍数と、固まった体に気付かれないかの方が今では余程気掛かりだった。
「…おやすみ」
「…………おやすみ」
結局これ以上の抵抗は諦め、目を閉じる。
此方の気も知らず、武川の手は此方を眠りに誘導するように、ゆったりと頭を、背を撫でていく。
最初は強張っていた体も、その繰り返しに徐々に馴染んでいくのがわかった。
……本当にこいつ、長男って感じだな。
ぼんやりとその手を享受していれば、やがて思考も覚束なくなってくる。
ずしりと重く感じ始めた頭を、すぐそばの温もりに押し付ける。
そこで感じたのは、ほんの少しの違和感。
幾度か感じたことのある感覚との、僅かな乖離。
今にも落ちそうな意識のなか、残された理性を掻き集めるようにして、思索すること暫し。
ーーーーあぁ、鼓動か。
やたら安心感をもたらすそれが、いつもよりも忙しないような。
……こいつの心拍、こんなに早かったか?
そう考えたところで限界を迎え、意識はぷつりと途切れた。
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