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デート -4-
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携帯のマップだけを頼りに目的の店を見つけた。
木製の看板には達筆な筆文字で店名が書かれていて、絶妙な具合に擦れている感じや色褪せた暖簾から結構な年代を感じ取れる店構えをしていた。
引き戸になっている入口を開ければ、カウンター席だけがあり、数人の客と一人の店主が見えた。それまで繋がれていた手は店に入る直前で自然に離れていた。
「いらっしゃい」
年配の店主が少ししゃがれた声で俺たちへ声をかけてくれる。他の客は地元民なのか、店主と同じくらいの年層の男性ばかりで、皆よく日に焼けた肌をしていた。
手前に丁度よく空いていた2席のうち、壁際に俺、その隣に興本が腰を下ろした。
蕎麦を啜る音や香ばしい匂いが店内に充満し、十数分の道のりを歩いてきた俺たちの食欲をそそる。
「海鮮丼2つ」
壁にかかっているメニュー表に目当ての海鮮丼の存在を確認してから興本が注文した。
ほどなくして、丼に溢れんばかりのいかやたこや白魚の刺身が乗った海鮮丼が出てきた。
「うわー美味そう。いただきます」
テーブルの端に置かれていた醤油を目分量でかけ、わさびをひと摘まみ分箸で取って丼の端にセッティングする。
果たしてその味は、期待通りだった。
「うまっ」
炊き立てなのか温かなご飯の甘みが魚の味を引き立てているかのようで、思わず言葉が出てくるぐらい、美味さがダイレクトに口の中に広がった。
醤油も普通のものと少し違っているような気がした。だし醤油だろうか。わさびはスーパーで売っている市販のようなものだったけれど、醤油の甘さと鼻に来るわさびの辛さが、更に海鮮とご飯の旨みを引き出しているようだった。
そんなふうに美味い美味いと何度も口にているうちに、あっという間に食べ終わってしまった。
まだ口の中に残っている海鮮の風味に物足りなさを感じつつも、確かな満腹感を覚え、とてもいい気分で完食したことに浸る。
水を一口飲んで一息ついたところで、今まで黙々と食べていた興本の方へと振り向くと、既に食い終わってた。
興本の丼も米粒一つ残っていなかった。
「ここ当たりだったなー。興本、ありがとう」
ここまで連れてきてくれなかったらこの店も見つけられなかったし、この味にも出会えていなかった。だから俺は緩む顔を抑えることもなく素直に言葉を向けた。
「店を見つけたのは井瀬だろ。俺もラッキーだった」
肘をつきながらも優しく俺の髪を撫で、興本にも満足そうな表情が浮かぶ。それだけで俺は更に嬉しくなった。
「休憩がてら、ここら辺少しぶらぶらしてから次行くか」
「うん、わかった」
この辺りに見るようなものは特に見当たらなかったが、二人で歩いているだけでも気晴らしにはなるだろう、と俺も同意するように頷いた。
もとより俺には最初から興本に反対する意思も持ち合わせてはいなかったけれど。
次の行動も決まったところで、勘定を済ませて店を出た。
「次は蕎麦も食べに来てください」
支払いを終えた後に笑いながら店主にそう言われ、俺と興本も笑いながら頷いた。
気難しそうな見た目とは裏腹に気さくな言葉をかけられて、味もさることながらこの店のことを気に入った。
「本当に美味った。☆4つだけのことはあったなー。今度は蕎麦に食べ来たい」
ソバ屋なのに、という意外性も含めての星の数だったかもしれないが、それでも充分に期待通りだった。だからメインの蕎麦もきっと美味いに違いない、と俺は来るかもわからない次を想像して、笑みを浮かべた。
そんな俺に呆れながらも微笑んでくれる興本も、「確かに」と同意してくれた。
「井瀬は分かりやすくて良い」
くすっといつも通りのクールな笑みを浮かべ、俺の頬をそっと撫でる興本が無性にかっこよくて、思わず見惚れてしまった。
そんな俺に気付くことなく、そのまま再び俺の手を取って歩き始めた。出遅れた俺は少しだけ引っ張られるように後ろを歩く。
美味しいものを食べて、興本とそれを共有出来て、幸せな時間を浸っていた。けれど俺の手を覆うゴツゴツとした男らしいこの手が一瞬で現実の世界へと戻した気がした。
「あのさ興本、やっぱりコレはおかしいと思うんだ」
小走りをして興本の隣に追いつくと、繋がれた手をくいっと引いた。
だけどさらに力を込められてぎゅっと握られて、ますます俺は戸惑う。
「なんで。嫌? 気持ち悪い?」
さっきまで俺と同じように微笑んでいた顔が、瞬時に不機嫌そうな無表情になった。
「嫌じゃない!」
やばい、と焦る俺は勢いよく首を横に振って否定する。決して興本の言動に逆らうわけじゃないのだと伝えたかった。
「じゃあ、良いだろ。何が不満?」
ちらっと横目で見られ、なんだか怖くて視線を逸らすように俯いてしまった。
不満があるわけじゃない。ただ、分からなくなる。
「言え」
命令されて、視線を戻す。
立ち止まった興本に合わせて向き合った。
「興本は…、だって…、女の子が好きなのに…」
緊張で震える手が、興本に握られたまま行き場を無くす。
手汗が出てきて、離したいのに離してくれなくて、更に焦ってどうしようもなくなる。
「はぁ?」
眉を下げて見上げる俺に、興本は見るからに不機嫌な顔を作って睨んできた。
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