アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
新しい友達 -6-
-
興本と初めて会ったのは中学3年生の時だった。
塾の夏期講習で、普段は違うクラスの生徒もこの期間だけは同じカリキュラムを取ることがあった。
数学の教室で初めて見た興本は、背が他の子たちよりも頭一つ抜けていてとても目立っていた。
何より赤茶色に染められた髪と、両耳に開けられたピアスと、とても端正な容姿が目を引いた。
誰からも視線を浴びていた興本は、けれど誰かと一緒にいるわけでもなくて、誰も寄せ付けない雰囲気を持っていた。
だからあの日——初めて興本と話した日、俺は柄にもなく浮かれた。
接点が持てる相手とは思っていなかった興本と友達になれるかもしれないという密かな高揚感を抱いて、ベッドの上でのたうち回った。
受験という苦しい期間、新しい友達ができたことがひどく嬉しかったのを今でも覚えている。
「あの興本と井瀬が友達なんて、信じられないなぁ」
興本と中学が一緒だったという宗田に誘われて、昼休み時間は音楽準備室で食べることになった。
普段は施錠されているそこは、軽音部の友達から鍵を借りたという宗田によっていとも簡単に入ることができた。
「どうやって知り合ったの?」
純粋な興味で聞いてくる宗田はにこにことして楽しそうだ。
「…塾が一緒で」
渡合たちにもしたように、当たり障りのない答えを返す。何を聞かれても俺にはそれしか答えられないのだけれど。
「興本、塾なんか行ってたんだ」
意外だとでも言うように宗田は驚いて見せるが、それでも渡合たちのように笑ったりはしなかった。
「興本ってあのカオだろ? いろんな噂があったんだよなー。教師とデキてるとか、同級生を孕ませたとか、年上のカノジョがいるとかさ。井瀬は知ってる?」
「まぁ…、話くらいは」
それはどれも俺も聞いたことがあった。
興本が来ていた塾には、興本と一緒の学校の生徒も当然いて、興本という大きな存在の周りには少なからずそうした情報を回す人間が誰かしらいたのだ。それは又聞きという形で俺の耳にも入っていた。
教師と男女の関係があった話や女子生徒を転校に追い込んだ話は噂程度で信憑性もなかったが、年上の彼女の話は目撃情報もちらほらと出てきて割と有名だった。
「やっぱりそうなんだ? 俺、結構チャラく見られるけどさ、さすがに興本よりは倫理観はあると思うんだよなー」
なんで女子はあんな奴に群がるんだろう、と不満げに宗田は言うが、そう思われることに俺は不満だった。
「あの噂は全部が本当じゃないと思うよ」
それに宗田自身に面と向かっては言えないけれど、興本がモテるのは興本がちゃんとかっこいいからだ。
「……ふーん。じゃあ井瀬は噂の真相、知ってるんだ?」
「そういうわけじゃないけど…」
「そしたらさぁ、興本が男もいけるって話は? 知ってる?」
——ドクン、と心臓が波打った。
「…噂は、聞いたことがあるけど」
まさか今の関係を言えるわけもない。
そんな俺の心情を知るわけもないのに、宗田はじっと俺を見て面白そうに目を細めた。
「あんだけの顔だったら、まあ、分からなくもないって感じ?」
宗田は何が聞きたいんだろう。分からなくて怖い。
「ぶっちゃけ俺、そこまで男関係の話は興味なかったんだけどさ、井瀬と興本が仲良いって知って、今すげー興味出てきてんだよね。男でも結構気持ちいいって聞くし」
じりじりと近づいてきて、俺は座ったままずるずると後ずさる。
トン、と背中が壁に当たり、宗田が間近に迫って来た。
宗田が俺の頭の横に腕を伸ばし、壁に手をついた。顔が近い。
「井瀬は興本と、そういう関係じゃないの?」
「……ちがう…」
嘘だ。本当は違わないのに、今は違うと言わないといけない気がした。
「本当に? 井瀬可愛い顔してるから、もう食われてるのかと思ってた」
するりと宗田の手が俺の頬を撫でた。大きく包み込むような興本の手とは違って、少しごつごつとした男らしい手だった。
「宗田、目が悪いんじゃないの」
「そうかな。視力は良い方だと思うけど」
「じゃあ頭がおかしいよ」
「ふはは、井瀬って失礼だなー」
少し目線が上だった宗田が姿勢を崩して更に顔を近づける。
本当にくっつきそうな距離だ。
「そういうところも可愛いと思うけどね」
頬に触れたままの手が首筋へと降りていく。擽ったくて体をぞわりと震わせた。
「ね、一回俺に抱かれてみない?」
女の子を口説くように甘い声で囁かれ、はっきりとした鳥肌が立った。
「……離せ」
腕を伸ばして宗田の肩を押した。顔は離れたが体勢は崩せなかった。
「俺、男は初めてだけど、優しくするよ」
「嫌だ。離せ」
俺は初めてでもないし、優しくされるなら興本が良い。
そんなこと口が裂けても言えないけれど。
「井瀬、」
「嫌だって言ってるだろ!」
ぐっと更に力を込めると宗田の体を突き放し、弁当もそのままに俺は音楽準備室を出ていった。
宗田は追いかけてこなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
41 / 114