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新しい友達 -7-
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廊下を走ったせいで心臓がうるさい。
それ以外にも鼓動が落ち着かない理由はあるのだけれど、あえてそれは意識しないようにしていた。
最初から宗田には嫌な感じしかしていなかったのだ。
それが何かは分からなかったけれど、さっきのでよく分かった。
俺を見る目が捕食者のそれだったからだ。
興本がたまに向けてくる、獲物を食らう獣のような視線…それを無意識のうちに感じ取っていたのだと思う。
「…はぁ」
階段を降りきって足を止めたのは生徒会室の前だった。
普段は滅多に来ない1階の端にある。
扉の小さな窓の向こうは暗くなっていたから、生徒会室には誰もいないのだろう。
そのほかに特別な教室があるわけでもないここは、だから昼休みだというのに人通りはなかった。
「あれ、井瀬君?」
階段を降りたところでぼんやりと突っ立っていると後ろから、不意に声をかけられた。
驚いて振り向けば、思いもよらない人だったので更に驚いた。
「え?」
「やっぱり井瀬君だ」
何してるの、と声をかけてきたのは蓮見だった。
黒髪がさらさらと揺れ、膝下までの規定サイズのスカートを靡かせて、こちらへと近寄ってきた。
蓮見とは1年の頃に同じクラスだった。
「蓮見こそ、どうしたの」
俺自身は答えられなくて、逆に蓮見へと聞き返す。
「私は購買でジュースでも買おうかと思って」
手に持っていた財布を見せて蓮見は言った。確かに購買はこの裏だから蓮見の言動に矛盾はない。
とは言え、昼休みも後半に差し掛かるこの時間から行っても何も残っていないとは思うが。
「井瀬君は保健室? 顔色悪いみたい」
蓮見はじっと俺の顔を伺うように見上げて、少し心配そうに眉根を下げた表情になる。
「そうかな…。そう言われればちょっと疲れてるかも」
自分で顔を摩ってみるが、勿論自分の顔色を知ることはできない。
「大丈夫? 良かったら一緒に保健室まで着いていこうか?」
保健室まではこの廊下を一直線に進むだけだ。女の子に付き添ってもらうほどの距離ではなかった。
「いや、大丈夫だよ」
そもそも保健室に出向くほど体調も悪くないのだ。
「それよりも、蓮見こそ購買に行った方が良いんじゃない。売り切れてるかも」
購買部とは名ばかりで、その品数の少なさは近くの駄菓子屋以下だ。
「うーん、井瀬君と会ったら自販機でも良いかなって思っちゃった」
「どういうこと?」
首を傾げると蓮見は小さく笑った。
笑うと笑窪ができて素直に、可愛いな、なんて思ったりした。
「久しぶりに井瀬君と話してみたくなったってこと!」
そう言う蓮見とは、けれど同じクラスだった時でさえそれほどよく話したことはなかった。
2年になった時はクラスも離れて、それからは滅多に顔を合わすこともなくなってしまっていた。
だから余計に、話したいと言われて嬉しくないわけがなかった。
「背、伸びたよね? 1年の時はそんなに変わらなかったのに」
自分の額に手を当てて、比べるように俺の額へと手をかざす。その仕草が小さな子供の様で、俺もくすりと笑ってしまった。
俺の頭と同じ高さに手を合わせようとして少し背伸びをしているところが何とも可愛くて、少し視線の下にある旋毛を見て、ああ女の子だなーと実感した。
糸田にしても興本にしても俺より背が高いので、俺はだいたいが見上げる側だった。
「そこまで低くはなかったよ。まぁでも、5センチくらいは伸びたと思うけど」
そんな風に他愛無い話をして、なんとなく流れで蓮見が自販機でジュースを買うまで付き合った。
おそらくここまでが蓮見の気遣いだったんだろうといことに、俺は蓮見と別れてから気づいたのだった。
教室へ戻る頃には俺はすっかり宗田への負の感情を忘れてしまっていて、机の上に置かれた弁当を見て思い出したほどだった。
「遅かったね」
隣の席の宗田が声をかけてきたけれど、俺は蓮見のおかげで気持ちを持ち直せていた。
「ああ。…弁当、ありがとう」
顔は合わせられなかったけれど、返事をすることはできた。口調は硬かったかもしれないが、そこは許してほしい。
「俺、諦めたわけじゃないから」
最後に宗田が言って、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
俺は何も返事ができなかった。
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