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風邪 -1-
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「興本くん、親御さんに連絡取れる? 迎えに来てもらった方が良いでしょう?」
ノックをして部屋に入ってきた母さんの言葉に、興本が一瞬息を飲んだのが分かった。
「……分かりました」
その声が少しだけ震えていたことをたぶん母さんは気づいていなくて、興本の返事にどこかほっとしたような表情で部屋を出ていった。
部屋に残されたのは異様な空気と、ホカホカと美味しそうに湯気を立てるお粥の入った鍋で。
「…帰れる?」
俺が思わずそんなことを聞いてしまったのは、きっと興本の返事は母さんを安心させるためだけの嘘だと分かっていたからだ。
「しょうがねぇ」
擦れた声で興本はゆっくりと体を起こし、小さく咳き込んで床に足を付けた。
「お粥食ったら帰るわ」
「うん…」
こんな時に頼れない親子関係というのはどんなものなのだろう。
母さんが作ったお粥を食べる興本を隣で見ながら、俺は今まで気にしないふりをしてきた事実に少しだけ思いを巡らせてみた。それは興本に聞いたところで答えは返ってこないと知っているから口にはしないけれど、本当はずっと俺の中で何度も浮かんでは飲みこんできたことだった。
お粥を食べ終えた興本はふらふらと立ち上がる。俺も慌ててその後を追うように部屋を出た。
「お邪魔しました。ありがとうございました」
外面の良い笑みを浮かべて、興本は母さんに挨拶をして家を出る。
「あ、俺、駅まで送ってくるから!」
「興本くん、気をつけてね。親御さんにもよろしく伝えてね。直登、ちゃんと挨拶してきなさいね」
「うん、分かった」
挨拶することはないと思うけど。
そう心の中だけで反論して、興本の後で玄関を出た。
「井瀬は出てこなくて良かったのに」
玄関を出てすぐ、後を追いかけてきた俺に向かってそんなことを言ってくるから、この時だけだからと首を横に振った。
「ダメだよ。体調悪い興本を放ったらかしにしたら母さんに怒られる。ちゃんと送るから」
隣を歩く俺に興本は少し苦笑いする。
「井瀬は良い子だもんな」
「なにそれ?」
あれ、俺、ばかにされてるのかな。母さんに怒られるのは本当かもしれないけれど、あくまでそれは言い訳に過ぎないんだけれど。
「でもマジで、駅までは来なくていいよ。テキトーに帰るから」
それは本当に帰るんだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。興本はもう一度「マジでちゃんと帰るから」と口を開き、俺の頭をぐしゃぐしゃと安心させるかのように撫でた。
「駅までちょっと離れてるじゃん。井瀬が一人で帰れるか俺も心配なの分かれよ」
「俺女の子じゃないし、そんな心配いらないと思うけど」
「…今日の井瀬、聞き分け良くないね?」
なかなか言うことを聞かない俺に、少し興本が苛立たしそうに目を細める。でも風邪を引いている興本は全然怖くないから、俺はいつもより強気に出てしまうのだ。
「体調悪い興本が心配なんだ。興本こそ分かってよ」
目線が上にある興本の顔をまっすぐに見つめながら言うと、僅かに興本の瞳が揺れたのが分かった。
それから興本はゆっくりと息を吐き、目を閉じると再び俺を見下ろしてくる。その目からは苛立ちの色が消えていた。
「…分かった。じゃあ、途中の公園までな」
妥協案として興本が提示してきたのは、残り100メートルもない先の角を曲がった所のことで。
興本がそれ以上は聞かないということを悟った俺は、それでも興本相手に粘れたことに対して少しだけ達成感を覚えながらこくりと頷いた。
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