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風邪 -6-
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俺の様子を見に来てくれたと言う興本をとりあえず自分の部屋に迎え入れる。
「お袋さん、怒ってたな。…大丈夫だったか?」
お茶でも入れようかと部屋を出ようとした俺の腕を引きとめて、不安そうな目で興本が言った。そんな興本は初めて見たから、驚いて咄嗟には言葉が出てこなかった。
「だ、大丈夫だって…。連絡さえ入れてれば良かったんだ。ちょっと心配してただけだよ」
「これからはもうここに泊まらない方が良いかもな…。呼び出しもしないようにするから」
慰めようとした俺に被せてきた興本の言葉はあまりにも興本らしくないもので、驚いたと言うよりショックを受けた。
「え? なんで? 今までそんなこと気にしてなかったじゃん」
母さんに一度叱られたからって気にするような奴じゃないだろ。少なくとも俺の知っている興本は、いつだって俺の都合なんかお構いなしで好きなときに呼び出すような奴だ。俺に拒否権なんか与えてくれなくて、与える気もなくて。
なのに急にどうしたと言うんだ。
「困るのは井瀬だろ」
「そうだけど、そんなの今更じゃん」
「うん。だからこれからは気をつけようって思ったんだ。それにお前受験生だろ。俺のせいで浪人とかさせられないし」
「だから、なんで今なんだよ。高校受験の時だってそんなこと考えてなかったのに」
興本と知り合ったのは中学3年の時だ。お互い受験生だった。そんな中でも興本は塾の帰りや休みの日には時間なんて気にしないで、それこそいろんな場所で体を重ねてきた。
そんな風にふと思い返して、あれ、と思った。
今考えれば不思議なくらい親の干渉を受けない絶妙な合間で会っていた気がする。本当は俺の気付かない所で気遣ってくれていたんだろうか。
「あの時と今とでは状況が違うんだ」
「状況って何?」
興本の言っている意味が分からない。
「興本は何が恐いの?」
何かに怯えるように、俺との距離を遠ざけようとする。それは母さんに怒られたことじゃないことくらいとっくに気付いている。
きっかけは母さんだったかもしれない。でもきっと興本はそれまでもずっと考えていたことなんだ。じゃないと昨日の今日でこんなことするわけない。
俺の知っている興本は、衝動的に動くような奴じゃない。いくつかの選択肢をいつも用意していて、突発的に思える行動も興本の選択肢の中には初めからあることの方が多い。
だてに3年も興本と一緒にいるわけじゃない。それくらい俺だって気付いているんだ。
エッチをする場所だって、ホテルや俺の部屋やバーの空き部屋や、いくつかの場所が常に頭の中にあって、その時の状況や物理的な距離なんかで選択されているに違いない。一番手っ取り早いであろう興本の部屋に一度も入ったことがないのは、興本が意図的に選択肢から外しているからに他ならない。
「怖くねーよ」
興本が俺の腕を引っ張って、自分の胸の中に引き入れる。
怖くないと言いながら、俺を抱きしめる興本の腕は力強かった。
「それより井瀬は嫌じゃないの。なんでそんなに大丈夫だって言い張れるの」
「だって俺は興本のモノだから。興本はもう俺のこと要らない? 要らないなら俺は何も言わない」
興本の腕の中から顔を上げて俺がそう言うと、興本は俺を驚いた顔で見下ろした。
なんでそんなに驚かれるのかが分からずに俺は首を傾げる。
だって最初に興本が言ったのだ。
「俺は興本のモノになるって決めたときから、自分の意思で興本の傍にいるよ」
中学3年の塾の空き教室で俺は興本に言われた。
『俺の物になるなら、傍にいて良いよ』
周りの中学生とは全く違う大人びた雰囲気で、興本はそう言った。
他者とは違うそんな興本の傍にいられるならと、俺は頷いた。最初からそれ以外の答えなんて俺の中には存在しなかった。
それは今も同じだ。あの時の言葉を今投げかけられても、俺はきっとすぐに頷く。そしてその時から俺は興本のモノになって、要らないと興本が言い捨てれば、俺はやっぱりすぐに頷いて身を引くだろう。
だから興本ははっきりと言わないといけない。曖昧な言葉じゃ、俺は納得しない。
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