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きっと、あれは夢なのだろう
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ふわり、と体が浮いた。
先まで口にしていたワインに酔ってしまったのだと朦朧とした意識の中で思う。
「甘いワインが好きな忍の口に合うと思って買ってきた」
言いながら兄様が自ら僕にグラスを渡してくれて。言葉通りそれはとても甘くて美味しくて、ついつい普段よりも多い量を飲んでしまったのだ。
ふわり、と体が柔らかい物の上に置かれた。この感触は毎晩寝ている僕たちのベッドだ。僕たち、というのは僕と鷹森のこと。
事故で亡くなった父様たちの葬儀の後、兄様の秘書である鷹森と僕が『つがい』であることが判明し、兄様の結婚式の日に僕たちは入籍した。兄様は二人の披露目も兼ねて式を挙げようと言ってくれたけれど、妾腹の僕だし男同士だし、ということで僕たちは不要と辞退した。
「忍は唯一の弟だから傍にいてほしい」
そう言って兄様は結婚後も僕が屋敷に住むことを望んだ。有能な秘書、鷹森が屋敷にいれば仕事がはかどるからと美夜古様を説得してまで。美夜古様も鷹森も
「紀一様がそう言うのなら」
と表向き快く、心内渋々に了承した。
つがいである鷹森は、本当は僕のことなど好きではない。おじい様と父様の色欲を解消していた僕の姿を見ている鷹森が、僕のことを好いているはずがない。むしろ嫌悪しているだろう。ただ『つがい』であったから結婚し、匂いに支配されて僕の身体を求めているだけ。だから結婚後も鷹森は『忍様』と僕を呼び、必要以上僕と話をしない。
「公私混同しませんので」
鷹森はそう言って淡白な僕たちの関係を兄様に説明していた。生真面目な鷹森の言葉に兄様も納得しており、
「俺の目がないからと寝室で忍に無体を働くなよ」
そう鷹森をからかうことが何度もあった。
そして、入籍した日から僕と鷹森は同じ部屋を寝室としていて、一つのベッドを共有していた。大きなベッドは僕と体格の良い鷹森が使っても余裕のある大きさで。『つがい』である鷹森と共にそのベッドで横になれば毎晩セックスをすることも習慣となっていた。そのベッドに寝かされた、ということは運んでくれたのは鷹森だろう。
彼の姿を見ようと思うけれど瞼は重くて動かない。彼とのセックスはいつも記憶が曖昧だ。彼は僕を快感の渦の中に放り、でも僕の全身を余すところなく満たしてくれる。
「忍」
「……んっ」
耳元で囁かれ、耳を嬲られる。そこに含まれる甘い香り。毎晩僕の身体を高揚させる、誘惑の匂い。でもその声はくぐもっていて『忍様』と呼ぶ、普段の深くて低い声ではない。でも、匂いに反応しているのだから、つがいである彼に間違いない。
「あ、……っふっ……ぅん」
彼の唇を貪れば吐息も身体も熱くなり、舌を絡める行為も水音も増していく。匂いは理性を上回る。その証明が彼と僕のセックスだ。
鷹森が僕のことをどんなに嫌っていても、セックスはできる。それも毎晩のように。僕はそれが嬉しかった。だって僕は鷹森のことが好きだから。兄様に仕える、頼もしい信頼できる鷹森のことをずっと好きだったから。
けれど、僕のことを好きだと明言してくれているのは兄様だけ。表向き優しく接してくださっている美夜古様もまた、僕のことを嫌っている一人だ。兄様が美夜古様よりも弟の僕を優先させているから。でも、今実家に戻られている美夜古様のお腹には兄様の子供が宿っている。出産まであと一ヶ月もない。
だから、僕の命の期限はもうすぐだ。
「俺の血の繋がった家族はお前しかいない」
そう言って僕をこの世に繋ぎとめた兄様。でもじきに兄様の血の繋がる家族は僕だけではなくなる。兄様が
『この子がいれば日乃院は大丈夫』
と言うようになれば。
『忍、この家を出て行ってもいい』
と言ってくれれば、僕はすぐにでもこの命を絶つことができる。鷹森とて、まだ若い。僕がいなくなれば、僕なんかよりも遥かに清らかで美しい相手に出会い、つがいにし、結婚できるだろう。
「ふ……っ……ああぁ…んっ」
解す時間も短く僕の中にペニスが挿入される。大きくて硬いソレは的確に僕の気持ちのイイところを突いてくるので、僕の腰も揺れる。
「きもち、い……」
「しのぶ、忍っ」
荒い息の合間に何度も名を呼ばれる。情事の際に僕のことを志乃と呼んでいた父様やおじい様と違って、彼はきちんと僕の名を呼んでくれる。普段は『忍様』としか呼んでくれないので、『忍』と呼ばれるのは僕のことを求めているのだと知れて嬉しい。たとえそれが情事の間だけのこととしても、身体を愛してくれているのだと実感できる。
嬉しくて口の中を犯していた指が愛おしくて、その指を思わず噛んでしまった。
「……っ!」
瞬間、彼の体がわずかに跳ね、考えていた以上に痛みを与えてしまったことを悟った。
「あ……」
ごめんなさい、と言おうとしたけれど舌が上手く回らない。だからごめんなさいの代わりに噛んだ場所を舐める。癒えるように、舌で、唾でその指を湿らせる。
「忍は、本当に可愛いな」
彼に可愛いと言ってもらえて嬉しい。それを伝えようと、僕は積極的に腰を動かして彼を呻かせることにした。
「兄様。その指、どうされたのですか」
気怠い身体のまま朝食の席に着いて、ふと目に入った昨晩にはなかった人差し指の絆創膏。兄様の綺麗な指に不釣り合いな絆創膏。
「これか? 今朝がた、庭で猫に咬まれた」
兄様はクスリと笑って絆創膏の付いた左手の人差し指をくるりと回した。
「最近庭によく来る子猫でね。とても可愛い鳴き声で俺を呼ぶんだ」
昔から兄様は猫が好きだった。でも飼うことは決してしなかった。その理由は僕のせい。申し訳なくて俯いてしまう。
「さぞ可愛い猫なのでしょうね。ごめんなさい。動物が苦手な僕がいるから……」
僕がいるから、兄様は好きなペットを飼うことができなかった。僕は兄様の好きなことを妨げてしまっている酷い弟だ。
「日乃院の仕事は忙しいからもとより無理だ。ペットの世話をする余裕などない。この先子供も生まれるとなれば、更にな」
微笑んで僕の言葉を否定する兄様は、本当に優しい。
「兄様と美夜古様の赤ちゃん……楽しみです」
思わず笑みが零れる。
お二人の子だ。とても麗しく、日乃院に相応しい御子になるに違いない。そして兄様の第一が僕から御子に移る。そうすれば僕はこの世界から消えることができる。穢れた僕が苦しみだらけのこの世界から消える日……とても楽しみだ。
「忍が屋敷にいてくれてよかったよ。美夜古が実家に帰ってしまっているからね。この屋敷に俺が一人でいたとしたら、寂しくて間違いなく死にたくなる」
兄様は今日も僕をこの世に縛り付ける言葉を紡ぐ。それが嬉しくもあり、辛くもある。
「紀一様。今日のスケジュールです」
兄様の背後に控えていた鷹森が兄様に一枚の紙を手渡し、小声で会話を始めた。それを眺めてコーヒーを飲みながら昨晩のことを思い出す。行為の最中に彼の指を咬んだことを。
兄様の言葉を書き留めている鷹森の手は大きく、節くれだった指が持つペンは小さく見える―――傷一つない指だ。
思わず視線を絆創膏に向ける。兄様の人差し指に巻かれた絆創膏。
「ま、さか……」
呟いて、僕はバカらしい考えに首を振った。あまりにも、馬鹿馬鹿しい。
セックスの最中はいつも靄がかかったような状態になる。記憶は曖昧で、でも快感に体を委ねていることだけは覚えていて。
だから、昨晩の僕の彼の指を咬んだという記憶は夢だ。
そう。夢に違いない。
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