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アサイラム
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「待って。あるはずなんだ」
浅黄がファーストフードの店で並んでいると、前の若い男性客が注文を終えた後、体中のポケットを探していた。
「次のお客様がお待ちなので、申し訳ございませんが、またのご利用をお待ちしています。
次のお客様、ご注文をどうぞ」
「待ってよ。もう一度、よく探してみるから」
浅黄は、考える間もなく、自分とその若い男の分の代金を払っていた。
店を出た後、二人はしばらく肩を並べて歩いた。
彼は一人にされるのは心細いようだったし、浅黄も無一文の彼を放っておくわけにはいかなかった。
もちろん、それだけではなかった。
浅黄は彼を知っていた。
「僕は海斗。さっきはありがとう。
どこかで財布を落としたらしくて。本当にどうもありがとう」
浅黄は財布から数枚お札を取り出し、海斗に渡した。
「今夜の宿代もないんだろ。使えよ。いつか返してくれればいい」
失業中の浅黄には痛い出費だった。
しかし、自分が人生をやり直せるなら、彼にもやり直してほしかった。
以前、海斗から、この世界に入ったのは、財布を落として困っていた時に転がり込んだ相手の男に、アサイラムで働くよう言われたのがきっかけだと聞いたことがあった。
新しい人生では、海斗は男娼なんてやらずに生きるべきだ。
初め戸惑っていた海斗は、結局、必ず返すと約束して受け取った。
海斗は勤め先が決まったら連絡すると言って別れた。
とにかく、「知り合い」と知り合いになれるのはうれしい限りだった。
週が明けると、彼は聞き覚えのある高級レストランで働くことが決まった。
綾倉に連れていかれたんだろうと思っていたが、店内に見覚えはなかった。
仕事から戻ると、海斗から電話があった。
「アサイラムっていう、新宿にある店で働くことになったんだ」
「アサイラム?」
海斗の明るい声と対照的に、浅黄の気持ちは暗くなった。
「そう。だから、お金を返せるんだ。
もしよかったら、明日の晩にでも来てくれないかな。
ビールの一杯ぐらいおごるよ」
アサイラムに行くことにはかなり抵抗があった。
しかし、それと同じぐらい興味もあった。
そこには、黒澤をはじめとする、多くの知り合いがいるはずだった。
綾倉という手順を踏まずに、彼らと友人になれるチャンスかもしれない。
浅黄は仕事が終わったら、必ず行くと返事をした。
アサイラムに着くと、浅黄は海斗を見つけ出すのが半分と、懐かしさ半分とで、店内を見回しながら、ゆっくりとカウンターまで近寄った。
懐かしい顔はそこここにあった。
だが、誰も浅黄を知り合いとして見るものはいなかった。
黒澤はいなかった。
彼はビールを注文すると、来たことを多少後悔した。
海斗の姿はなかった。
まだ来ていないだけなのか、客を取らされているのか。
いずれにしろ、こんなところで一人で酒を飲んでいたら、きっと、誰かに声をかけられる。
それが目的で来たと思われても仕方ない店なのだ。
友人になるなんてとんでもない発想だった。
バーテンダーに海斗のことを聞こうとした時、黒澤が現れた。
彼は店長である田中に近づいた。
田中は黒澤を見るなり言った。
「海斗はどうだった?」
浅黄は二人の会話に神経を集中させた。
「ああ、良かったぜ。あの調子じゃ、トップになれそうだな」
「それぐらいになってもらわなきゃな。
なにしろ、こっちは彼のためにマンションまで借りてやったんだ」
二人のたったそれだけの会話中にも、浅黄は数回黒澤と目があった。
浅黄は見ずにはいられなかったのだが、しまったと思った時には遅かった。
黒澤の視線は、浅黄の頭から爪の先まで、まるで嘗め回すかのようだった。
居心地が悪くなった浅黄が場所を変えると、いつの間にか黒澤は浅黄のすぐ近くまで来ていて、ほとんど体が触れそうだった。
「見かけない顔だね」
「友達と約束なんだ」
浅黄が一歩離れると、黒澤も一歩近づいた。
浅黄が再び離れ、黒澤が近づく。
それを、浅黄が壁に当たるまで繰り返した。
「こわいのかい?」
黒澤が耳元で囁いた。
彼の唇が何度か、浅黄の耳に触れた。
「離れろよ」
浅黄は黒澤の胸を押した。
黒澤はその手をつかんだ。
「そんなつんけんするなよ、浅黄」
浅黄はこんなに驚いたことはなかった。
「驚いたかい?君のことはもう少し知ってるぜ。
阿佐ヶ谷に住んでいて、高級レストランに勤め始めたって。
海斗は外に出てるんだ。
君が来たら、俺が相手するように頼まれてる。
君がこんなにいい男じゃなければ、放っておくつもりだったけどね」
浅黄はひどくがっかりした。
黒澤は彼を知っているんではなく、ただ、名前を知っていただけなのだ。
綾倉にしろ、黒澤にしろ、親しかった人たちに忘れられるのは、とても寂しかった。
結局、海斗は人生をやり直せなかった。
もしも、やり直しの人生なんてものができないとしたら、自分もいつか、綾倉と出会い、前のような関係になるのだろうか。
「何を考えているんだい?」
黒澤は浅黄の顎をつかんで、自分の方へ向けた。
浅黄はキスされそうになったのを危うく逃れた。
「海斗がいないなら帰るよ。
彼によろしく伝えてほしい」
そういうと、逃げるように店を出て行った。
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