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-1- 秋原 椿
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俺はもう二度と誰かを傷つけたりはしたくない。
でも誰かを守るには必ず誰かが犠牲にならなければならない。
たとえどんなに辛くても俺は誰かに迷惑をかけることも、傷つけることもしない…
誰にも心を開いてはならない。
そうやって俺は生きていくんだ。
今も、そしてこれからも。
だからせめて、演技の世界だけでは一番になりたい。
そうすれば嘘をつくのが誰よりも上手いと自分自身に証明できるから。
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「はい カーット! 秋原椿くん。やっぱり君は最高だよ!」
「ありがとうございます」
爽やかな笑顔をさらっと監督に向ける彼はとても綺麗な顔立ちをしている。
誰もが綺麗と思うだろう。サラサラな黒髪で綺麗な黒い澄んだ目。そして爽やかな笑顔と丁寧な言葉遣い。
そんな彼の監督に向けた笑顔が嘘だなんて誰も知らない。
彼の嘘の笑顔は誰にも気づかれたことがない。
今まで生きてきた中で心から本当に笑ったことは数える程しかない。
正確に言うとある出来事で心から笑うことができなくなってしまっていた。
冷たく氷のようで暖かさのかけらもない。
「ここのシーンはこうで… うん、そこで悲しそうにその18ページの最初の台詞を言って。」
彼は宮城監督。この人はとても有名な監督でたくさんの素晴らしい実績を残してきた。
たくさんの人の演技を見ているこの人でも俺の嘘の笑顔は見破れない。
その確信はなぜかというと俺が一番自分のことを知っているからだ。
絶対に俺の嘘は見破られない。
常に完璧な演技をこなしている。
綺麗な顔立ちで台本を真剣に読んでいる彼の名前は 秋原椿(あきはら つばき)
彼は俳優で最近人気な役者の一人だ。
「じゃあ椿くん 次の演技を始めようか!次のシーンは壁ドンをして『お前がいないと俺はダメなんだ!!!』ってかっこよく決めちゃって!」
「はい。」
すぐに終わりそう。心の中でそう思いながら相手の女優に笑顔を交わす。
彼女は俺の嘘の笑顔を信じて顔を真っ赤にしぼーっと見つめている。
「じゃあ行くよー 3 2 1」
カンッ!!
演技が始まった。
雰囲気と表情、全てを変え
演技に集中していく。
表情は不安そうで怒っているような複雑な顔をする。そしてゆっくりと彼女に近づいていく。
それから壁へ追い詰めていき… 手を壁に置き、ゆっくりと彼女に顔を近づけて耳元で悲しそうに囁く。
「ねえ どうしてそんなに意地っ張りなの?俺のこと嫌い?…
それとも大嫌い?」
「…」彼女は目に涙をためて黙る。
「そうだとしても俺は…俺は…お前がいないと俺はダメなんだ!」
苦しそうな表情をしてから優しい声で囁くように
「ねえどう思っているの?
教えてよ…」
ゆっくりと彼女を抱きしめて壁にもたれかかるようにする。
こうすれば意地っ張りなやつも絶対に本音を言うだろうって思いながら…
そして台本どおり彼女は台詞を言う。
「わ、わたしは…あ、あなたのことは嫌いじゃないわ… ただ、今はまだ言いたくない。
いいえ、言ったら怖いから言えない…ごめんなさい。」
彼女は涙を流し椿の胸に顔をくっつけるように抱きついた。
さすが監督に選ばれているだけある。彼女は結構な実力者。
一個一個の演技に思いが込められている。
__________________________
「はい カーット! すっごく美しい愛の演技だったよ!」
周りのスタッフもニコニコしながら頷いている。
いや、美しい愛の演技って何だろう…
まあよかった。これで今日の仕事は終わりかな。
「あの。」
後ろから声をかけられ振り返ると
「とってもかっこいい演技でした!」
さっきの若々しく黒い綺麗な髪の女優が澄んだ綺麗な声で頬を染めながら話しかけてきた。
えっと名前は… 竹林 桃花(たけばやし ももか) だっけ。
とっさに名前を思い出し笑顔を彼女に向ける。
「そんなことないですよ。 でもありがとうございます。嬉しいです。というか竹林さんの演技もよかったですよ。」
彼女はありがとうございますなんて言いながらさらに頬を染めている。
またこの人とはどこかで共演しそう… そんなことを思った。だって結構演技上手かったし。
自分の携帯の時刻を確認しながらもう10時だし帰らなきゃなと思い
「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。」
と全員に声をかけ、帰る準備をする。
「はーい、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした〜」
最後にハートがついていそうなぐらいの甘い声で竹林桃香から聞こえた。
ぺこりと挨拶をしてスタジオを出て行く。
ゆっくりと廊下を歩いていく。
その途中で
ズキンッ
「っ!」
まただ。全身が軋むような痛み。
これは椿にとってはよくあることで、椿は昔から体が弱い。
違う、…弱くなってしまったと言った方が正しい。
全身に走る痛み。
そんな体を無視しながら前を向いて歩いた。
俺は大丈夫。
まだ大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら早足でスタジオから出ていった。
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