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「あれっ、幸樹。どうしてここにいるんだよ?」
猛の声を聞いて顔をあげると、走ってくる姿を見た。
「おまえは? どうしてここに?」
「俺はほとんど毎日こいつのところに通ってるからさ。まぁ、通い妻みたいなもんだって」猛に肩を抱かれる。
「そう、なのか? 仲がいいんだな」戸惑うような声色だ。
「仕事、戻らないといけないだろ?」
「ああ。そろそろ……じゃあ、圭吾。またな」
幸樹から笑みを向けられるが、圭吾は頷くことが精一杯だった。笑い返すことなどできない。
「ほら、行った行った!」と、猛はまるで追い払うみたいに幸樹へ手を振る。
去ってゆく幸樹の背中を、目が追いかけてしまいそうだ。未練がましい自分に嫌気が差し、圭吾はすぐさまマンションへと足を向けた。
「大丈夫?」猛が後ろからついてくる。
「そっちこそ、仕事は?」
「今日は半ドンでさ。圭吾の面接、どうなったか気になったもんで、メールを送ったんだけど返事がなかったから、マンションに来たってわけ」
「ごめん。気づかなかった」
「いいよ。たぶん、幸樹と話をしている間にメールが届いているだろうから、そりゃあ、気づけないだろうし」
エントランスを通り抜け、エレベーターに乗って部屋に行く。玄関の鍵を開き、中に入った途端、圭吾の涙腺が決壊した。
「っ、糞っ、もう泣くつもりはなかったのに、糞っ、糞っ!!」
崩れ落ちそうになった身体を猛が支えてくれる。
「まさか訪ねてくるとは思わなかった。引っ越すか? あのさ、俺のマンション、部屋がひとつ空いてるし。俺んとこ来いよ」
「あいつ、さぁ。何って言ったと思う? 俺のことを何って……」圭吾は喉を詰まらせながらも叫ぶ。「友人だと思っていたのは俺だけか? だと! 友人……この、五年は」
無駄だった。何も残さなかった―違う。そんなことはない。この、気が狂いそうになるほどの苦しみを残した。人を憎むことを自分に教えたのだ。
せっかく蓋をしたというのに。やっとのことで、振り切ろうと、前を向いて自分の人生を歩むのだと。腐ってはいられない、引っ張られるものかと必死になって堪えていたのに。
足はがくがくと震える。猛が抱きとめてくれていなければ、すぐにでも床に突っ伏していただろう。
「圭吾、幸樹は……もう、死んだようなもんだ。おまえの幸樹はいない。そう考えたらさ、少しは……マシに、ならない、よな。ごめん」
頬に何かが降ってきて、圭吾は顔をあげる。猛が泣いていた。
「どうしておまえが泣くんだ」
「痛いから。圭吾がすごく、痛々しいから。おまえが泣いても泣いても泣きやめないなら、俺も一緒に泣く。泣くよ。おまえの苦しみと、悲しみを俺に分けて?」
顔をぐしゃぐしゃに顰めながら涙をぼろぼろ零す猛を見て、心が少し落ち着いた。
「はは、阿呆め。おまえに背負わせられないよ。は、はは……」圭吾は猛の背中に手を回し、胸に顔を深く埋めた。
「畜生……どうして、俺を忘れたんだ。どうやったらあの日々を消せるっていうんだ……ああ、俺も阿呆だ……」
あやすように頭を撫でられる。
「な? 俺のところに来いって」
引っ越し。幸樹と過ごしたこの部屋との別れ。ペアで揃えた食器。彼が泊まる時のための着替え。
「そうだな……あいつの好みだからって取り付けたカーテンが、さ。目障りに思えてきた頃だ」静かに言った。涙は引っこんでいる。
もしかしたら、思い出に少しでも縋り付きたいという気持ちがあったのかもしれない。忘れよう、あの日々はもう戻ってこないのだから。そう自分へ言い聞かせ、幸樹の存在を頭の中から追いやろうとしても、このマンションで暮らす限り彼の気配はそこらかしこに散らばっている。そうわかっていながらもここから離れようという考えがなかったのだから、やはり、あの日々を捨てる覚悟がついていなかったのだ。
「俺のマンションは、家族と職場仲間しか知らないから。ダチにも言ってないもんで、幸樹が訪ねてくることはないと思うけど……どう? それで、いい?」
圭吾には頷く以外の選択肢が見つからなかった。
その日のうちに格安の引っ越し業者と契約を交わした。バイトを休み明けからの出勤にしてもらっていてちょうどよかったと思いながら、翌日には引っ越しの準備をした。その最中、ベッドと壁の間に落ちていた小さな箱を見つけた。綺麗にラッピングされたそれは、幸樹からのクリスマスプレゼントに違いないと思った。
翌々日、幸樹がまた突然現れないだろうかとひやひやしながら、引っ越し業者が荷物を運び出す姿を見守った。
そうして猛との同居生活が開始されることとなったのだが、圭吾はその小さな箱をどうしても捨てられずにいた。
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