アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
18
-
出社しパソコンを立ち上げたら、真っ先にメールの確認をする。ひとつひとつの内容を確認。処理をおこなっていると、上司から呼ばれた。
「何でしょう?」上司のデスクまで行き、尋ねる。
「この商品開発企画メンバーに、藤田を入れることになったから」上司は言うと、幸樹に書類を差しだす。「これ読んで、玩具のアイディアをふたつは用意しておいてくれ。急なことだが、会議は明日だ」
「わたしが、ですか?」受け取った書類を捲り、幸樹は顔をあげた。
「先日、おまえがプレゼンした企画商品が採用されたろ? 販売はまだだが絶対にヒットするだろうと、社内からの期待が高くてな」
それは手のひらで泳ぐサイズの、小さな縫いぐるみストラップのことだ。ふわふわしたフェルト素材である。首まではキリンで、その下にヒヨコの身体がついている。商品名はキヨコだ。幸樹はふっ、と微笑した。ヒリンか、キヨコ。名前の案はふたつあったけれど、キヨコにして正解だったと思う。
ただ、キヨコのデザインはすでに知っていたような感覚もあった。思い悩むこともなく手が勝手にデザインしたのだ。もしかしたら似た商品を他社がすでに発売しており、それを見たことがあって、無意識に模倣してしまったのではないだろうかと考え、プレゼン前にネットの波を泳いだ。しかしどこにもそんなものは見つからなかったので、そのまま会議へ出したのだ。
「頑張ります」力強く頷くと、幸樹は自分のデスクに戻った。
安くもないが高くもない給与。美加は働く様子を窺わせないし、子供のためにも稼がなければならない。
幸樹は書類を確認する。ペンを走らせる手がふと止まった。
壁にあるホワイトボードへ目を向けた。今日は、直帰の予定だ。取引先である会社は雑談もせず、淡々と仕事をこなす印象があるので、いつもより早く帰れるだろうから―圭吾の元に寄ってみよう。
彼だけが、失った記憶の何かを知っている。そんな気がしていた。
書類に意識を戻し、今回の企画商品を確認する。お菓子のおまけにつけるものであり、ターゲットは小学校低学年の男子だ。
自分が子供の頃、何が好きだったのかをメモ帳に書き出してゆく。昆虫、車や電車などの乗り物、そういえば六面立体パズルも好きだった。一面に色を揃えた時は、必ず両親に見せていたな、と笑う。育った家庭は、平凡だが幸せな環境だった。そういった環境を、自分の子供にも与えてやりたい。
美樹の肌荒れのことが頭によぎった。小児科か皮膚科か、どちらへ受診するべきだろうか。パソコンでネットを開き、ささっと調べてみる。まずは小児科に行くべきらしい。評判がよく、自宅からさほど遠くない病院の診療時間は十九時までだった。そこは圭吾のマンションに近い。美樹を連れて病院へ行き、そのまま圭吾のところに寄って帰れば、美加に怪しまれることもない―怪しまれると、どうして自分はそう思ったのだろうか。
思い返せば妻の口から圭吾の名前が出たのは、彼の病室へ見舞いに行ったあの時だけだ。圭吾と自分は親友関係にあったようだ、と彼のことを話した時、美加は知っていると言わんばかりに頷いていたのに。一緒に事故に遭った圭吾を案ずる様子も見せてこなかった。こちらだけでなく、美加にとっても、夫の空白の五年を知るはずである、圭吾の存在は重要なはず……交際していた頃の記憶を思い出してほしいとは願わないのだろうか。思い出そうと苦しむあなたを見たくない。美加がそう言っていたことへ疑問が湧く。もし逆の立場なら自分は、それでも、と願うだろう。
もしかしたら知らないところで、妻は圭吾と会っているのかもしれない……いや、それはなさそうだ。先日対面した圭吾から、そんな様子をまったく受けなかった。
幸樹は目頭を指で押さえた。遠くから響いてくるような頭痛を覚えたのだ。
「藤田さん、電話」と女性社員から声をかけられる。「内線十番です」
「ああ、ありがとう」笑みを返してから受話器を持ち上げる。「はい、藤田です」
あの事故さえなければと、幸樹はどこにぶつけてよいのかわからぬ苛立ちを飲み込んだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
18 / 46