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「でも、俺は……足が」
「俺も背負うって、前に言ったよ。苦しみも、悲しみも俺に分けてって」
彼から受ける視線が、胸に強く突き刺さってくる。猛は今までどんな気持ちで、こちらの嘆きを聞いていたのだろうか。想像したら、鼻の奥がつんと痛んだ。
「前向きに考えてみるよ」幸樹にいつまでも囚われているのは悔しすぎる。彼はもう、自分とは別の道を歩んでいるのだ。
「へへ、へへへ」妙な笑い声を猛が発した。
「何で笑うんだよ」
「だって、へへ、嬉しいから」と、笑う猛の瞳に涙が溢れ出す。「好きだって気持ちをどれだけ長く隠してきたか。告げるだけでもよかったなんて言えないよ。少しでもいいから俺を見てくれって、願っちゃうからさ」
そう言われると、申し訳なさすら浮かぶ。
「さて、帰ろうか」猛が立ち上がる。
彼の手に助けられ、圭吾も腰を上げた。
「明日の朝ごはんになるようなもの、屋台で買っとく?」
「いいね。じゃがバターとか、焼き鳥とか、食べたいやつが、まだまだたくさんあったんだ」
屋台の裏側から出ると、浴衣を着た男と肩がぶつかった。
「あっ、すみません」圭吾は慌てて詫びる。
「いえ」と、返ってきた声に身が竦んだ。
「あれ? 家族で祭りに来たんだ? おまえの家ってここから近かったっけ?」
猛が前に出た。背中に隠れるような形となる。
「車で二十五分くらいだ。それにしても、人が多いからといって男同士で手を繋いでいるのは恥ずかしくないか?」
圭吾は猛の背中を見つめながら唇を噛んだ。おまえがそれを言うのか、という気持ちがぶわりと込みあがる。
「小林君、お久しぶり。お見舞いに一度しか行っていなくてごめんなさい。ほら、美樹ちゃん。小林おじちゃんですよ」
美加の声に続いて、言葉になっていない赤子の歓声が聞こえてくる。
このまま黙っているわけにもいかない。圭吾は猛と繋いでいる手を離した。胸元をきゅっと掴んで、前に進み出る。
「久しぶり。ああ、赤ちゃん、可愛いね」放った言葉は本心から出たものだった。
三人とも浴衣を着ている。家族、という形が目の前にあった。望んでも、得られない。どれだけ願っても叶わないそれが。
「ふふ、ありがとう。早くちゃんとした言葉を話せるようにならないかなって、今から楽しみにしているの」美加は微笑み、腕の中で、美樹をあやすように揺らしている。
「俺たちはもう帰るんだ。それじゃあね」と、猛が言った。
「待て。連絡先くらいは教えてくれ。実は事故に遭った時に携帯電話が壊れてしまってな」
幸樹が携帯電話を突き出してくる。
「どうりで、まったく連絡が入ってこないと思った」猛は苦笑する。「悪いんだけど、圭吾はさ、今、携帯電話を持ってないんだ。水没させちゃって、機種変更のついでに番号も変えたんだけど、それ、覚えてないんだよね。俺も、持ってきてないもんで」
「おまえは自分の番号を覚えているだろう?」
「うーん、と」猛は唸ってから、口角の片方だけを器用に上げる笑い方をした。「察して?」
「教えたくない、ということか」幸樹が鼻を鳴らした。「しかし、そういうわけにもいかない。俺は記憶を取り戻したいんだ」
肩がびくりと跳ねた。
「どうして?」思わずそう言っていた。
「引っかかるからだ。どうしても飲み込めない何かが、放っておけない何かがある」幸樹はそう言ってから、美加を見た。「こいつのためにも思い出したいから」
肺に入れた空気が、まるで氷のようだ。喜べば落下し、浮かびあがった分だけ強く地面に叩きつけられる。
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