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店員が次々に料理を運んでくる。ふたりとも酒を飲み干していたので、それぞれ別の酒をまた注文した。
幸樹がだし巻き卵に箸をつける。
「俺がカプセルトイにはまっていたと言ったが、そのはまっていたものが自宅にはなかったぞ? どういうことだ」
「ああ、自宅に置いとくと、親がうっかり捨てちゃうかもしれないって言ってた。だから、俺が預かってたんだ」
「おまえが?」だし巻き卵を口に入れる。
「そう。でも、ごめん。捨てた」猛は箸を置いて、顔の前で両手を合わせる。「だって、もういらないかと思って。思い出す気配も見せないし」
「仕方がない。どれだけの数があったのかはわからんが、邪魔になっただろうからな」
再び箸を持つと、猛は刺身を食べる。
「おまえのとこに、記憶の手がかりになりそうなやつはなかった?」
「携帯電話は壊れていたし、他には……ああ、昔ならば絶対に買わなかっただろう物がいくつかあったな。しかし、自分の好みが変わったのだろうと」
「どんなやつ?」小声で美味いな、と付け加える。
幸樹もマグロの刺身に箸をつけた。
「ニットの帽子や、おかしな置物」そう答えてから刺身を口に入れる。確かに美味い。居酒屋にしては新鮮さが保たれている。ねっとりと絡みついてくる甘味。わさびの爽やかさが臭みを消していた。
「おかしな?」
「蠍と魚がこう、うねうねと絡んでいるやつだ」
「蠍と魚、ねぇ」猛は片方の眉を器用に上げた。
「その言い草は何だ」彼の様子がやけに引っかかる。
幸樹が見つめると、猛はからから笑いながら肩を竦めた。
「いや、別に? 面白い組み合わせだと思ってさ」おしぼりで手を拭いている。「他には?」
「両親と美加が、私物を勝手に整理していたようでな。俺の入院中に、だ」
「酷いな。しかし、どうしてそれがわかったんだよ?」
「部屋がすっきりしすぎていたからだ。学生時代の思い出が詰まっているような、何かが必ずあるはずだろう? それらしき物があまりにも少なかった。もしかすると俺が物に無頓着だったのかもしれんが、そう考えてもおかしくてな」
「復縁した頃から結婚を考えていて、幸樹が自分で整理した可能性もあるでしょ」
「確かに」猛から言われてみて、初めてその可能性に気づく。幸樹はテーブルに肘をつき、頭を抱えた。「ああ、覚えていないからわからない。こういう気色悪さやもどかしさをどうにかしたいんだ」
「他に、何かこう、引っかかることは?」
尋ねられ、幸樹は顔をあげる。
「引っかかる……そういえば、先日圭吾のマンションを訪ねた時、何気なくポストのダイヤルキーを回してみたら、一発で開いた」
「おまえ、人ん家のポストを弄るなよ」猛が顔を顰めた。軽いため息をついてから、話を続ける。「その説明はつく。圭吾のマンションに俺たちはよく遊びに行っててさ。圭吾、ポストに鍵を入れていたから。それを使うために、ダイヤルキーの番号を俺たちは知っていたってこと。勝手に上がっといてって言われてたから。たぶん、癖みたいなものじゃあないかね。手が覚えていたんだ」
確かに、記憶を失ったにも拘らずギターが弾けた、などの情報をネットで読んだことがある。しかしそうならば、美加に対してどうしてこうも愛情が湧かないのか。それこそ妻に対する愛を身体が覚えていてもよさそうなのに、あの時肉杭は起立しなかったのだ。
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