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はじめまして。②
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「ありがとうございました~」
店から出ると先程の少年が店の横で膝を抱えて踞っていた。
フードを被って傘もささずにボーッとしている。
「……濡れちゃうよ?」
「………グズッ…」
俺は少し周りの邪魔になるかもと思ったが幸い人も居なかったので、少年の横に同じ様にしゃがみこみ彼も入るように傘をさした。
「………俺、ハムスター飼ってたんです…。」
しばらく無言でそうしていたら彼が独り言のように話し出した。
「…4年前に、母さんが買ってきてくれて…うちアパートだから本当はペット禁止なんだけど…俺が寂しくないようにって…。」
「…………」
「最初は全然なついてくれなくて…噛まれるし逃げられるし…ご飯だけは持ってくんですけどね…」
ふふっと彼が目を細めて笑う。
その拍子に目尻から透明な雫が溢れた。
すると後からあとからそれは流れてとうとう彼は泣き出してしまった。
「うえッ……ふッ、……うぅぅ~ッ…!!」
「!……ぁ…と……、」
どうしたら良いのか散々迷ったあげく俺は恐る恐るフード越しに彼の頭に手を置いた。
「ふぅッ…でもだんだん、手からもご飯食べてくれるようになって、触らせてくれるようになって…!!」
「うん…」
「ハムのおがげでッ、さみじぐなぐなっで…ずごくっ、ズッ、ずごぐだいぜつに、いっじょにずごしてぎたんでずッ…!!!」
「うん。」
「があざんは自然死だって…長生きじでじあわぜだっだだろうっで…!!でもッ、でもやっばりざみじいよぉ~~!!!」
穴から出るもの全部だして彼の顔はもうぐちゃぐちゃだった。
…俺は少し、彼が羨ましいと思った。
大切なものがなくなって悲しいと、いなくなって辛いと泣く彼がとても素直で。
俺はどれだけ悲しくても辛くても無かったことにして誤魔化して、それを認めようとしなかった。
この気持ちに気付かないふりをした。
もちろん彼女とハムスターは違うけれど、どちらも誰かの大切で大事な命に変わりはない。
「……大好きだったんだよね…大好きで大切で、寿命だって言われても辛かったんだよね…。」
よしよしと慰めるように彼を撫でる。
あのとき心の奥底に押し込んだ中学生の自分が重なって見えた気がした。
「出来ることなら…もっと一緒に、居たかったよね。生きていて欲しかったんだよね。」
「ふッ…ぅぅう~~ッ、うぇ~~ッ!!!」
それからぐずぐず子供のように彼はしばらく泣き続けた。
「スンッ……すみませんでした…」
泣き止んだ彼が申し訳なさそうに言う。
擦る彼の目は泣きすぎて赤く腫れぼったくなっていた。
「ううん、気にしないで。」
俺が勝手にしただけだから。そう言って俺は彼の頭をぽんぽんと撫でて立ち上がった。彼も落ち着いたし俺も残った仕事を片付けないといけない。
そろそろ帰ろうとすると「……あの、」とフードを取りながら彼に呼び止められた。
「…ん?どうかした?」
「…あの、アイツ、しあわせ…だったでしょうか…」
「…………」
「俺と居て、幸せだったでしょうか…?」
不安そうに下げられた眉と震えた声。
彼は多分、これが一番気掛かりだったのだろう。
「……幸せ…だったんじゃないかな。自分のためにこんなに泣いてくれてるんだもん。四年間も大往生して、きっといい人生だったよ。」
人生…いや、ハム生か…?まぁいいか。
「そうですかね…」
「うん。大丈夫だよ。」
俺は最後にもう一度今度は直に彼の頭を撫でた。赤色の癖のついて跳ねまくっている彼の髪は思ったよりも柔らかかった。
「……あの…色々とありがとうございました。」
そう言った彼の表情は少しスッキリしたように見えた。
…よかった。
「フッ…うん、じゃあね。」
「………」
ひらひらと手を振って別れる。何も言わなかったが彼も手を振り返してくれた。
帰り道、空からはもう雨は落ちてこない。
太陽が雲間から顔を出し白い光が覗いていた。
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