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そうして結局、調理器具一式を購入してしまった火宮。
支払いのときに示された金額の桁数は、見てはいけない、と自分に言い聞かせた。
だけどチラリと見えてしまった火宮の手の中のカードの色は、黒かった。
「ヤクザが儲かるなんてー」
やっぱり納得行かないなー、と思っていた俺は、火宮の呆れ果てた目が向いてハッとした。
「全くおまえはな…」
「ッ!口に出てた?!」
「だから、合法の会社経営をしていると言っているだろうが。そろそろペナルティーだな」
やばい。火宮の目が冷たい。
醸し出す雰囲気も、わずかに温度を下げている。
「あ、う、そのっ…」
じりじりと近づいてくる火宮の、俺を見据える瞳が妖しい。
やばい、やばい、やばい。
頭の中をその一言のみが駆け巡り、焦る気持ちは思考回路を残してくれない。
「ひ、みや、さんっ…」
「暴言の過ぎる口にはお仕置きだ」
伸びてきた手にぐいっと顎を掴まれて、痛みに顔が歪んだ。
「ッ!」
なっーー。
いきなり、火宮の唇に口を塞がれ、頭が真っ白になった。
「ンッ、ふっ…んッ」
吸い込み損ねた息が苦しい。
強引に、乱暴に、口の中を舌で犯される。
「ンッ、はッ…」
飲み込みきれない唾液が、口の端からタラリと溢れる。
近すぎて焦点のぼやけていた美貌が、ゆっくりとクリアに見えてきた。
「ふ、ンッ…はァッ、火宮っ、さ…」
腰が、抜けた。
咄嗟に目の前の身体にしがみついた両手も力をなくし、ズルズルと火宮に縋るように床に座り込んでいってしまう。
「ッ、あ…」
助けてくれることもなく、支えてくれることもない火宮に見下ろされ、ゾクリと身体が震える。
見上げたそこには、艶やかで意地悪な、サディスティックな笑みを浮かべた火宮がいた。
「フッ、やはり感じやすい」
「っー!」
「翼、謝罪だ」
悠然と佇み、目を眇めて俺を見る。
「っあ…」
「無礼な口をきいてごめんなさい、だ、翼。言え」
絶対的支配者の声だった。
逆らうことを許さない命令口調が、俺の自由意志を奪い去っていく。
「っ、ァ…ご、め…」
痺れたようになっている頭と身体が、上手く動かずに喘ぐような呼吸が漏れる。
「翼」
「ッ!ごめっ、なさい…。無礼な口をきいて、ごめん、な、さい…」
床に座り込んでいるから、頭をガバッと下げたら、土下座みたいになる。
目の前には、高級そうな火宮の革靴の足先が見える。
震える身体をジッとそのまま留まらせていたら、頭上の空気がふわりと揺れた。
「いいだろう。顔を上げろ」
「ッ、はい」
「翼、忘れるな」
「っ…?」
「おまえは、『その』俺が儲けた金で、生かされている」
「っーー!は、い…ごめん、なさい」
傲慢に唇の端を吊り上げた火宮は、そんな表情でも憎らしいほどイケメンだった。
「立て。行くぞ」
「っあ、はいっ…」
ふと気づけば、ここは百貨店の店の中だった。
客足はまばらとはいえ、いないわけではない。
こんな公衆の面前で…。
「ひ、ひ、火宮さんっ…」
「なんだ」
「ッ、いえ、その…」
なんでこの人、こんなに平然としているんだろう。
こんな人目のある場所で、キスとか、土下座とか、周りの好奇の目が気にならないんだろうか。
「翼?どうした。まだ腰が立たないか?」
「っな…」
聞こえるって!恥ずかしいってば!
ちらほらいる客が、こちらを気にして聞き耳を立てているんだから。
「まったく、心臓に毛が生えているんじゃ…」
慌てて立ち上がりながらまたもうっかり滑りかけた口は、火宮の壮絶に冷たい目が向いて途切れた。
「本当、おまえは。それこそおまえのことだろう」
今の今で、すでに暴言。
呆れた火宮の言葉は、確かに否定できない。
「ウッ、すみません…」
「仕置きが足らなかったか」
ニヤリ、と笑う火宮の顔が怖すぎる。
「ッ!いえ!十分です、ごめんなさい、もう言いませんっ」
またこんな人前でキスとか、腰砕けにされてはたまらない。
いや、2度目だから更にどんな目に遭わされるかわかったものじゃない。
ブンブン首を振って後ずさりながら、必死で許しを乞う俺を、火宮の楽しげな目が見つめてきた。
「ハッ、ハハッ。本当、おまえは飽きさせない」
悠然と笑いながら、火宮がゆったりと歩き出す。
良かった。怒ってはいないみたいだ。
「翼。ちゃんとついて来いよ」
「っ、はいっ」
振り返らずに、俺が従うことを疑わない背中を、俺は裏切ることなく追いかける。
チクリ、チクリといくつかの視線が周囲から背中に刺さったが、俺はひたすら無視を決め込んだ。
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