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サァーッと血の気が引く音っていうのはこういう音か。
「聞いていらっしゃいませんね?」
「あぅ、その、えーと…」
「この説明はご不要でしたか」
フッと吐き出された息が冷たい。
コツ、とテーブルを叩いたペン先の音が、やけに大きく耳に響いた。
やばい。怖っー。
息をするのもままならないほどの、異様な冷気に包まれる。
実際に寒いわけではないのに、身体が凍えたようにブルリと震えた。
「ッ…」
「確か、この問題が分からない、と始めにお聞きしたように記憶しておりますが」
そう。真鍋が丁寧に説明してくれていたのは、俺が自習で解けなかった問題だ。
「その…」
「途中でお分かりになられたのですね」
「いや、その…」
馬鹿丁寧過ぎる敬語が逆に怖い。
「では同じタイプの練習問題がこちらにあります」
「えっと…」
「どうぞ、お解きになって下さい。あぁ、鉛筆をどうぞ」
ニコリと、口元しか笑っていない器用な笑顔で、持ち手の方が向けられた鉛筆が差し出された。
「あ、ぅ…」
目の前に出されては、受け取らないわけにもいかず。
とりあえず手にした鉛筆で、指定された問題を解こうとしてみるものの…。
わ、わかんない…。
それはそうだ。元々解けなかった問題の、数字が微妙に変わっているだけなんだ。
せっかくの説明を一切聞いていなかった俺に、解けるはずがない。
「えーと…」
チラリと上向いた目で窺った真鍋からは、吹き荒れるブリザードが見えそうだった。
こ、怖ッ。
ギクリと身体が強張った。
身を焦がすような怒りではない。
むしろ身を凍りつかせるような、心底冷たい真鍋の視線が俺を射抜く。
火宮のものとは質が違う、だけどヤクザの幹部というのが納得の、力のある視線だった。
「ッー!ごめっ…ごめんなさい…」
「どうしました?」
気づいているだろうに、シラッと尋ねてくる残酷さが怖い。
言われているわけじゃないのに、自ら吐きなさいという声が聞こえてきそうだ。
「っ…説明を…」
「翼さん?」
「説明っ!せっかくしてくれていたのに、聞いてませんでしたっ!」
ガバッと下げた頭は、テーブルより低い位置にまで下がった。
もうどうにでもなれ。
すでに怒らせていることは変わらない。
説教か、嫌味か。はたまた冷たく見捨てられるか。
3つ目なら、俺はむしろラッキー?
もともと無意味だと思っている勉強だ。
俺にやる気がないと知れれば、もしかしたら。
「そうですか。で?」
「え?だ、だから、説明を聞いてなかったから、この問題、解けません…」
何を、考えているんだろう。
冷気を放出してはいるが、変わらない無表情の真鍋からは、内心がさっぱり窺えなかった。
「だから、その…」
「わかりました」
ゆっくりと吊り上がった唇の端に、冷たいままの瞳。
笑顔と呼ぶにはあまりに不敵な冷笑を浮かべて、真鍋はその場にゆっくりと立ち上がった。
「やる気がない、と」
「え…」
これはもしかして?
このまま出て行ってしまうだろうか。
見放されたんなら、それはそれで。
「翼さん。立って下さい」
「え?」
言いながら、カチャカチャとズボンのベルトを外し始めた真鍋を見て、俺はその場に凍りついた。
え…。
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