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車窓からの景色が次々と流れて行く。
見慣れた街から高速に乗って、海が見える海岸沿いへ。
「え…」
海が見える海岸沿い。
ハッとして見つめた火宮の横顔は、ただ穏やかに道の先を見ている。
「なんで…?」
俺は指定していないのに。
「火宮さん…」
偶然だとしたら、それはどれほどの確率か。
知っていたんだとしたら、その思惑はなんだろう。
海が見える海岸沿いの、観光名所の島の側。
かつて、まだ両親が生きていた頃、テストを頑張ったときのご褒美に。
「何でこんなに俺を喜ばせる天才なんですか?」
車窓に映る、記憶の中にある景色と同じ道。
記憶に残るものとまったく同じ建物。
かつて存在した運転席の大切な人の代わりには、新しい大好きな人。
「ククッ。嬉しいのか?ならよかったよ。楽しめ」
「っーー!」
さらりと駐車場に車を止め、軽く伸びをして笑みを浮かべ、悪戯っぽく目を細めた火宮が喉を鳴らす。
下りろと促され、自然と手はドアにかかる。
「来い」
差し出された手は掴んでいいんですか?
失くしてしまった両親との思い出の場所で、新しい思い出を作り出す一歩。
「ほら、翼」
催促するように揺れる指先の誘惑に、俺は抗えなかった。
「っ…」
好きです。
あなたが好き。
言えない言葉の代わりに、繋いだ手に力がこもる。
「日曜だし、やはり混んでいるな。はぐれるなよ?」
ガキ、と唇に乗せながら、キュッと手を軽く握り返してきて笑う。
その笑顔が泣けてしまいそうなほど眩しくて直視できない。
「火宮さん」
「ん?なんだ」
「っ…」
俺、勘違いしてしまいます。
新たな人生を歩み始めていいんじゃないかって。
俺、欲が出てしまいます。
この生が、あなたのモノじゃなく、もしも俺の手に戻るのならって。
「翼?」
ッ…。
伝えることはできないけれど。
「俺…」
「ん?」
「俺、イルカショーは外せませんからね。前列行ってもいいですか?」
「俺にも濡れろと言っているのか」
「えー、1人で行くとか虚しいんですけど」
わざと漏らす明るい声は、どこかおかしくはないだろうか。
クックッと笑っている火宮は、なんの裏も疑っている様子はないけれど。
「ふっ、好きにしろ」
「やったー」
「おまえまた護衛に睨まれるぞ」
「え。来てるんですか?」
「まぁいるな」
そっか。なんの考えもなしにこんな人混みを選んでしまって悪かっただろうか。
「ククッ、気にするな」
「でも…」
「構わん。で?イルカと、他には」
「あっ、てっぱんはペンギンですよね!それとクラゲは絶対外せません」
言っていて、だんだん本気でテンションが上がってきた。
「ククッ、本当、ガキ。じゃぁ行くか」
「あれ?チケット…」
売り場をスルーして入り口に向かっていく火宮の腕を引く。
「ん、ほら」
「いつの間に…」
「ククッ、俺にはやけにお節介な小人がいるらしい」
ピッと気障ったらしく指に挟んだチケットをかざして見せて。
小人って。
何それ似合わない。
「ぷっ…くははは!」
「相変わらず無礼者」
「え!言ってないっ!」
「顔に書いてある。ったく」
ペシッとチケットの1枚を俺のデコに押し当てて来てくれて、火宮が笑う。
落ちてしまう前に、繋いだ手の反対の手を持ち上げてそれを押さえる。
「もうっ、普通に渡せませんか、普通に。痛いですよ」
「減らない顔にお仕置きだ」
「なんですかそれ」
減らず口なら聞いたことあるけど。
「ほら」
あれ。いつの間にかもう入場ゲートだ。
慌てて差し出したチケットを切ってもらい、いよいよ館内に足を踏み入れる。
繋がれた手はそのままで、なんだかちょっぴり切なくて、なんだかとっても嬉しくて。
「うわぁ…」
目の前に現れた水槽に意識を奪われながらも、手から逸れきらない意識が苦くも幸せだ。
そうしてゆっくり歩き始めた館内は、かなり人が多い気がしていたけど、とてもスムーズに展示が見れる。
さっきのチケットといい、自然と割れる水槽前の人混みといい。
やけに快適だ。
俺はそれが、火宮いわく小人さん…という名の護衛名目の部下さんたちが、やれ「会長に並ばせるな、急げ先にチケットを」だとか、「先回りして水槽前を確保しろ」だとか。
バタバタ駆け回って尽力してくれているお陰だってことには、随分後になってから気がついた。
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