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それから2日後。
出かけるという火宮に連れられて、俺は車中の人となっていた。
「あ、の…」
何だかやけにピリピリとした空気につられて、緊張で喉が引き攣った。
「ん?」
ん、じゃなくてね…。
俺は何故か、現状がさっぱりわからない大混乱の中、ちょこんと後部座席に収まっていた。
朝、今日は出かけるぞ、と言われて、外出の支度をして出てきたのはいい。
てっきりいつもの外食か、デート的なお出掛けなんだろうと思って、行き先も聞かずに従ったのは俺が悪い。
だけど火宮も火宮で、何の説明もしてくれなかったのはどういうことか。
ビシッと決まったダークスーツ姿で、悠然と隣に座っているその姿が憎い。
「あの…火宮さん?」
マンションを出たら、3台ものいかにもな黒塗りの高級車でのお出迎えがあって。
真ん中の1台に乗り込んだ俺と火宮の前には、運転手と真鍋が乗っていて。
前後の2台の車はなんだと聞けば、「護衛」とだけ一言返ってきた。
「あの…これからどこへ?」
物々しく感じる警護と、仕事仕様の火宮の服装。
助手席の真鍋もブラックスーツで、どうやら遊びにという雰囲気ではまったくない。
「本家」
質問には、厭わず答えてくれるようだけど、端的すぎてその答えの意味がさっぱりわからない。
途方に暮れて、チラリとミラー越しに真鍋を見たら、呆れたような苦笑を浮かべた美貌が見えた。
「会長」
「なんだ」
「もしかして、翼さんに何の説明もなくお連れしたのですか?」
「聞かれたら答えるぞ」
それはつまり、やっぱり聞かなかった俺が悪いと。
「はぁっ。ですから翼さんはそのような普段着で…狐につままれたようなお顔をなされているわけですか」
「別に服装など何だって構わないだろう」
「会長が構わなくても、行き先を聞いたら、翼さんが構うと思いますが」
え。服装を構う行き先って一体…。
「クッ、着る物1つで、翼の評価など変わらん。それにこいつは堅気だ」
「……なるほど。きちんとしたお考えの元なのですね。失礼しました」
スッと頭を下げた真鍋が、どうやら引き下がってしまう様子だ。
「えっ?ちょっと待って。あの、火宮さん?真鍋さん?」
「何だ」
「何でしょうか」
隣からとミラー越しにと、2人の視線が一気に向いた。
「あ、え、その…ほ、本家って?」
とりあえず、疑問を1つずつ潰していこう。
チラッと隣の火宮を見たら、平然と頷く顔に出会った。
「本家と言えば、七重組の本宅だろう」
「え…?」
サラッと当たり前のことのように言われたけど、それは火宮の中だけの常識であって、俺からしたら…って、待った、その前に。
「七重組って…」
まさか、あの?
そういえば以前、実園とかいう人と出会ったときも、チラッとだけ耳にしたような気がするけど。
「て、テレビとかでも聞く…」
関東一円を牛耳っているとか、最大勢力の指定暴力団だとか。
そういう前置きがつく、超有名ですごく大きな暴れるサークルさんなんじゃ…。
「それだな」
「え。えぇっ?!」
な、なんでそんな物騒極まりないところへ向かっているんだ…。
「クッ、さすがに怯んだか?」
「や、いや、その、何でかなって…」
怖いとかそういう以前に、ただただ意味がわからない。
コテンと首を傾げたら、火宮の目がゆるりと弧を描いた。
「ククッ、やはり翼は翼か」
「え?」
「相変わらず肝が据わっている。七重にはな、オヤジに会いに行く」
ふっ、と笑みを漏らしながら告げられた火宮の言葉。
だけどそれは俺に、今日1番の衝撃をもたらした。
「はぁぁぁっ?おとうさん?!」
いきなり、っていうか、何で俺も、っていうか、七重組に父親が?とか、親子揃ってヤクザか、とか。
パニックを起こした頭に次々と疑問が浮かび、そのどれもが言葉にならずに脳内をグルグル回る。
目を丸くして隣の火宮を見つめたら、ギュッと眉を寄せた変な顔をしていた。
「は?お父さん?」
疑問に跳ね上がった火宮の声が響く。
「え?」
「は?…あぁ、そうか、そうなるか」
「え?」
急に納得顔をした火宮と、クスクスと助手席から上がる笑い声。
意味がわからないのは俺だけで、キョロキョロと2人を見比べてしまう。
「あの…?」
「あぁ。オヤジというのは、何も本当の俺の父ではない」
「え…」
それはもしかして、複雑な生い立ちが、とかいう話になるやつ?
「おまえ…また何か勘違いしていないか?」
「えーと?」
「まぁ育ての親といえば遠からずだが…何もお涙頂戴の人情物語は出てこないぞ」
あ、そうなんだ…。
「俺がいうオヤジっていうのはな、七重組組長のことだ。俺がこの世界に入るきっかけになった人」
「え…」
それは、あの日の話に繋がる?
「ククッ、おまえは確かに賢い」
まだ何も言ってないけど…。
「その察した顔。そうだ、聖の一件で、荒れに荒れた俺を目に留めて、拾った人だ」
「っ…それは」
「あぁ。命の…いや、人生の、恩人か。俺はオヤジに出会っていなければ、今、ここに、こうしていない」
それがどんな出会いで、そこにどんな絆が生まれたのか。
火宮の表情は、とても穏やかで凪いだものだった。
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