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「ほ、わぁ…」
思わず漏れた感嘆の声が、シーンとした空気を一気に切り裂いてしまった。
「翼」
「っ、あ、すみませんっ…」
一斉に、その場の全員の視線を集めてしまい、俺は慌ててペコッと頭を下げて、火宮の影に隠れた。
「やはり、話は本当か」
ふっ、と空気を揺らした、貫禄のある低い声が耳に届いた。
ニヤリ、と不敵に火宮が笑ったのが、雰囲気だけで俺にも分かった。
「まぁ座れ」
「失礼します。翼」
「は、はいっ」
スッと室内に足を進めた火宮に促され、俺もオズオズと中に進んだ。
「っ…」
ピシッと正座で背筋を伸ばし、同じように座った火宮の隣から、正面にいる男を見つめる。
貫禄のある、60歳前後くらいの、和服姿の男性だ。
頭には白いものが混じり始めた、ロマンスグレーのダンディなおじさま。
渋くて格好よくて、何だか目を惹かれてしまう。
これが組長さん?
チラッと隣の火宮を見たら、一瞬だけ小さく苦笑して、スッと顎を引いた。
「ご無沙汰しています、オヤジ」
「うむ。久方ぶりだな。息災か」
「おかげさまで」
両手の拳を広げた正座の膝の上に乗せ、軽くといえども頭を下げた火宮に驚く。
「それに敬語も…」
使えたんだ、と思った言葉はしっかり声に出してしまっていたようで。
「クッ、翼。本当におまえはな…」
「っ!あ!すっ、すみませんっ」
やばい。やらかした!
焦って慌ててオロオロと目を彷徨わせたら、途端にドッと和んだ室内の空気を感じた。
「おい、火宮」
「ククッ、何ですか?オヤジ」
「ふん。久方ぶりに顔を見せたかと思えば、これまた随分と毛色の変わった連れを従えて」
ジロッと俺を見てくる視線は、値踏みするようなものと、物珍しい生き物を見つけたようなもの。
居心地の悪いそれにモジッと身体を身動がせたら、火宮の穏やかな目が向いた。
「面白いやつでしょう?」
「まぁな。この俺を目の前に、緊張感の欠片もない人間というのはな」
珍獣か?と笑う組長さんは、何だかこうして見ていると、とても大きなヤクザ組織のトップさんには見えない。
「ダンディで渋くて素敵なおじさま」
「おまえは恋人の目の前で、堂々と浮気宣言か?」
「はっ?えっ?俺また…?」
「よく滑る口だこと」
まったく、と言いながら、ムニーッと頬っぺたを抓ってくる火宮の指が痛い。
「ったい!痛い!火宮さんー」
離してー、と涙目になる俺を愉快そうに見下ろす目がどSだ。
「俺の前で堂々と他の男を褒めるな」
「分かった!分かりましたからっ。降参、降参っ!」
ギブギブ、と両手を上げたところで、ようやく火宮の手が離れていった。
「ふぅ。もう、本当どS。痛いぃ」
ムッと火宮を睨みながら、微かに痛みの残る頬をさする。
「そんなに強く抓ってはないだろう」
「でも痛いものは痛いんですー」
ベーッと舌を出して反論したところへ、ふとわざとらしい咳払いが割って入った。
「あー、ごほんっ」
「っ!」
「あぁ、オヤジ」
やばい。組長さんの御前ということをすっかり忘れていた。
「すみません、こいつしか眼中になくて」
「おまえなぁ…。これは本当か」
「俺の言動が演技に見えますか?」
クックッと笑う火宮はどこまでも傲岸だ。
組長さんとかいう偉いらしい人の前でも変わらない。
「ったく、相変わらず不遜な男だよ、おまえは」
「クックックッ、紹介させていただきます。伏野翼。俺の、唯一にして最愛のイロです」
スッと身体を引き寄せられ、ニヤリと笑う火宮に寄り添う。
「はぁぁっ、男だろう?」
「たまたまです」
「子どもじゃないか」
「十分オトナですよ?」
「ぶはっ…なっ…」
何を言うんだ!
「………正気か」
「伊達や酔狂で、天下の七重組組長に紹介させてもらうわけがないでしょう?」
「うむ…」
スラスラと淀みなく紡がれる火宮の言葉を聞き、組長さんは難しい顔をして黙り込んでしまった。
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