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「あ、あの、火宮さん…」
家に帰り着いてすぐ、聞きたいことや言いたいことがたくさんあったんだけど。
「とりあえず翼、風呂に入れ」
「あ、血…」
火宮の言葉で見下ろした服や手には、浜崎の血がついていて、乾いてしまって茶色い染みになっていた。
「っ…あ、あぁ…」
どうしたことか。
何だか今になって急に、ガクガクと全身が震えてきた。
「翼」
「あ、や、やぁ、あぁぁ…」
目の前にまざまざとあの時の光景が蘇る。
「翼、落ち着け。大丈夫だ。大丈夫」
グイッと引かれた身体が、スッポリと火宮の腕の中に収まる。
「あぁ…」
馴染んだ匂いと、優しい体温に、ホッと力が抜けた。
「あぁ、火宮さん…」
「怖かったな。無事で良かった」
「ん…。でも、浜崎さんが…っ」
俺を庇ったせいで。
「気にするな」
「っ、気に、します。だって浜崎さんは俺の代わりに…」
あの時、浜崎に抱き込まれていなかったら、刺されていたのは俺の方なんだ。
「それがやつの仕事だ」
「っ!」
平然と吐き出された火宮の言葉は、あまりに冷たく俺の心に触れた。
ビクリと身体が強張る。
「な、に、言って…」
「ん?」
「仕事って…」
身を挺してまで守ってくれたことを、そんな一言で?
「ボディーガードにつけているんだ。そんなの当たり前だろう?」
当たり前?あれが…?
「っ…」
気づいたときにはもう、ドンッと火宮の身体を押し返していた。
「翼?」
「おかしいです…」
そんなの、絶対に。
「何が。浜崎はよくやった。もし翼を庇いきれずに擦り傷1つでもつけてみろ。それこそ命はない」
クッ、と傲慢に頬を持ち上げた火宮の顔は、当然のことを当たり前に言っているだけ、といった様子だった。
「な、んです、か…それ」
「翼?」
「浜崎さんは…今も、多分重体で…。あんなに、あんなに血が出て…」
苦しそうに呻いていた姿を思い出す。
手術が終わる前に帰ってきてしまったから、浜崎が今どういう状態にあるかは分からない。
だけど楽観できないことだけは分かっている。
「あぁ。褒めてやる。なんなら何か褒美もくれてやろう」
「え…」
な、に、それ…。
「俺っ…俺は…」
感謝してもし足りない。
責任だって感じる。申し訳ない気持ちだっていっぱいだ。
「もし、もしっ、浜崎さんが助からなかったら…」
同じことが言えますか?
「それはそれで仕方がない」
「っ!」
「翼が負い目を感じる必要は何もない。気にするな」
仕方がない?
人1人の犠牲の上に守られて?
そんな風に簡単に割り切れって?
仕事だから、当たり前だ、と…。
「無理…」
俺にはあなたが分からない…。
ツゥ、と目から頬を伝った涙は、何の涙だろう。
ただ、火宮の言葉があまりに冷たくて、
火宮の心があまりに遠くて。
俺はふらりと足を引いて火宮から距離を取り、そのままパッと踵を返した。
「シャワー浴びてきますっ…」
服の袖で涙をゴシッと拭う。
その袖に、浜崎が流した血が茶色い汚れを残しているのが見えた。
「っー!」
「翼!」
呼び止める火宮の声を振り切り、俺は逃げるようにバスルームに駆け込んだ。
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