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「翼」
目の前に影が落ちたのは、火宮が屈んだからで。
そっと伸びてきた火宮の手に両頬を包まれて、俺はされるがまま、ゆっくりと顔を上げた。
「っ、ひ、みや、さん…」
「翼、いい」
「っ?!」
「おまえは何も悪くない」
なっ…。本当、もう、この人は。
「なんで。なんでっ…」
許さないでよ、こんなに簡単に。
「全て俺のせいだ。全部俺のせいにしていい」
「っーー!」
ぶわっと再び浮かんだ涙が、ボロボロと目から溢れた。
「翼」
「っ…」
「来い」
っ!
グッと腕を引かれて、よろりと立ち上がった身体がきつく火宮に抱き締められた。
大好きな火宮の匂いが、ふわりと鼻をかすめる。
「っー!俺っ、俺…」
「いいんだ、いい。何も言うな」
「でもっ…俺」
「いい。そもそも俺がヤクザだから、おまえに窮屈な護衛をつけなくちゃならなかった」
「でもそれは…」
知ってて好きになった。
「この先も、俺がこの立場でいる限り、翼にはずっと意に反した思いをさせ続けることになる」
「っ…それも」
分かってて側にいたい。
「それが嫌だと言われても、俺はおまえを手放せない」
「っ、ひ、みや、さ…」
「だから、全て俺が悪い」
「っ…」
痛いほどに伝わる、火宮の想い。
「それでも俺はおまえを」
愛してる。
言葉にこそならなかった、その想いは。
ギュッと固く抱き締められた腕から、触れ合った全身の震えから、痛いほど、苦しいほど、切ないほどに伝わってきた。
「っ、俺は…」
「もういい。何も言うな」
分かっている。
その言葉は重ねられた互いの唇の中に吸い込まれていき、代わりに熱い舌から痺れるような愛おしさが伝わる。
「ん、っ…刃」
お返しだとばかりに舌を絡めて、精一杯の想いを伝える。
「んンッ、刃。じんっ…」
自分だけを悪者にして。
俺の全てを包み込んで。
なんて大きな人だろう。
なんて優しい人だろう。
「んっ、はっ、ンッ…」
それだけ多くの修羅場をくぐった。
それだけ多くの傷を持ってる。
「好き。好き」
たまらない愛おしさが溢れて、どうしようもないほど涙が溢れて。
「愛してます」
やっぱりあなたの全てを、どうしようもなく。
「翼?」
カクンッと力の抜けた膝をいいことに、そのまま畳に跪き、そっと頭上の火宮を見上げる。
「愛してます…」
それは俺の覚悟と誓い。
そっと火宮の手を取って、片膝を立てて。
気恥ずかしいけど恭しくその手の甲にキスを落とす。
「翼」
スゥッと薄く細めた目が妖艶に笑って、俺の想いが伝わったんだと分かる。
それほど緋色にまみれても、厭わぬその手を、俺は取る。
ふわっと緩んだ火宮の顔に見惚れた瞬間。
ゴホン、ゴホンとわざとらしい咳払いが響いた。
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