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どうしよ…。
リビングのソファーの上で両足を抱えて丸くなって、ぼんやりと考える。
1人きりのリビングが、なんだかいつにも増してガランと広い気がする。
「やっぱりやだよ…。やだぁ…」
目を擦った手の甲を、じわりと濡らしたのは滲んだ涙か。
「捨てないで。飽きないで…」
組を支える姐にはなれない。
だけど姐さんを迎える火宮を黙って見ていることもできない。
愛人として側にいるのは嫌で、だけど捨てられるのも嫌。
「あれも嫌、これも嫌じゃ…火宮さんに呆れられるのも時間の問題だよね…」
『愛人の座についてやる』と、正々堂々笑った廣瀬を思い出す。
「っ…あんなに可愛い人で、あんな風にちゃんと覚悟が決まってて、自信も持ってて…」
敵わない。
廣瀬でなくても、この先ああしていくらでも、火宮の隣を狙う人間は現れるだろう。
「っ、俺は…」
それに対して、どう対抗できる?
「っ…」
料理がもっと上手くなればいい?
朝、寝坊したりしないで、仕事に行く火宮をちゃんと見送るのは当たり前か。
えっちも…火宮の要求にちゃんと応えて、もっと上手く、もっと火宮を満足させられるようになれば…。
「っ…足りないよ…」
その程度、きっと俺じゃなくたって、誰にでも出来る。
「どうしたら。どうしたら…」
火宮に望まれるためには。側にずっと置いていたいって思ってもらえるようになるためには。
「分かんない…」
結局俺は、火宮がいつか必要とする姐になれない時点で、何をどうしようと無駄なんじゃないだろうか。
公私とものパートナーを、火宮が求め、愛人になる覚悟はない俺は。
「いつか来る別れなら、いっそ今…」
握った拳が、小さく震えた。
「っ?!」
不意に、テーブルの上に放置してあったスマホが鳴った。
「真鍋さん?」
ディスプレイに表示された文字を見て、俺は慌てて通話ボタンをスライドさせる。
「もしもし?」
涙声にならないようにと腹に力を入れた俺の耳に、いつもと変わらないクールな真鍋の声が届いてきた。
『会長の本日の帰宅時間のご連絡です』
「はい」
『本日は深夜まで所用がありまして、帰宅できるのは未明になるかと。夕食はお1人でお済ませになって、先に休んでいてくださいとのことです』
「わ、かりました…ありがとうございます」
淡々と要件だけを告げてくる機械的な真鍋にはホッとする。
だけど、今日はもう会えないんだ、と沈む声は隠しきれなかった。
『翼さん?』
「いえ!お仕事頑張ってくださいって伝えて下さい」
『かしこまりました。あぁ、私も今日は家庭教師に伺えないので』
「はい。自習、ちゃんとしておきます」
あぁ、真鍋は安定してる。
『翼さん…。大丈夫ですか?』
「え?」
いきなり、感情を込めたその声は何。
電話のこちらでビクッと身体が跳ねる。
『差し出がましいようですが、翼さん。どうぞ、会長をお信じになっていて下さい』
「え…」
『あなたは会長のお気持ちを、ただ信じでいて下さい。では、失礼します』
え…?
謎の言葉を残して、真鍋との通話はプツリと切れた。
「火宮さんの気持ち…?」
『愛している』
『俺の、唯一にして最愛のイロ』
『ハタチになったら、1番美味い酒を、真っ先に飲ませてやる』
いくらだって信じたい言葉は浮かんでくる。
「っ…俺は…」
俺だって愛してる。
ただ1人、火宮だけを。
未来もずっと共にいたいと思ってる。
「俺は…」
あぁ、分からない。
もう何をどうしたいのか。
何からどう考えたらいいのか。
「っ…」
ゴトンと手から滑り落ちたスマホが床に当たって音を立てても、俺はぐるぐる巡る思考に意識を取られ、全く気づかなかった。
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