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コツコツと、時間はただ黙っていても過ぎていく。
俺は、電気を消した真っ暗なリビングで、ソファに蹲ったまま、ぼんやりと床を見つめていた。
「………」
暗闇に慣れた目で、テーブルの上のスマホを探り当て、ボタンに触れる。
ぼやぁ、と光を放った画面に、24時間表示のデジタル時計が表れた。
「3時前か…」
闇にぼんやりと浮かび上がった時計の数字は2時53分。
未明と言われた火宮の帰宅時間はそろそろか。
「っ…」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、それこそどんなタイミングか。
微かな物音を立てて、玄関のドアが開いた気配がした。
「誰だ」
鋭く誰何する声と同時に、パッと室内が明るくなった。
急激な光を取り込んだ目が眩む。
「っ、ゃ…」
「翼?」
反射的に手をかざした俺の側に、怪訝な声が近づいてくる。
パチパチと目を瞬いて顔を上げたら、見慣れた美貌が目の前にあった。
「なんだ、暗闇で。まだ起きていたのか?」
「あ…」
お帰りなさい、という出迎えの言葉は、ふわりと火宮から感じたアルコールの匂いに、思わずつかえて消えた。
「翼?」
「こんなに遅くまで…」
仕事?と問う声は途切れ、代わりに口をついたのは自分でもどうかと思うような非難じみた声だった。
「接待ですか?あぁそれとも、たまには飲みに出かけて羽を伸ばしてきましたか」
「翼…?」
「そうですよね。俺、未成年だからって頭固くて、火宮さんの晩酌にも付き合えないですもんね」
「おい、翼」
いつもなら。
火宮が酒の匂いをさせていたって、仕事上の付き合いだって、ちゃんと納得して分かっているのに。
何だか今日は心がグラグラ揺れてどうしようもなかった。
思わず口をついて出た言葉が止まらない。
「俺はっ、あなたの望みを何1つ叶えられない。あなたの望むことが、何にもできなくてっ…」
ダンッ、と床を踏み鳴らした足が、ジーンと痺れた。
「おいっ?!」
「嫌ですっ、嫌だ!俺以外の誰かを選ぶあなたを見るのもっ、妻を娶るあなたの側で愛人として生きるのもっ…」
「は?」
「なのに俺はっ、ヤクザになる覚悟もなく、あなたを好きな気持ち以外何にもないっ…」
感情が高ぶって、ボロッと零れた涙が、パタパタと足元に散った。
「落ち着け、翼」
「嫌っ…」
あ…。
思わず振り回した手が、俺に伸びてきていた火宮の手とぶつかってしまった。
それは火宮の手を振り払ってしまう形になって…。
「っ、俺っ…俺…」
叩いてしまってジンジンしている手を抱えて、俺はそっと火宮を見上げた。
「俺…」
深呼吸を1つして、ジッと目の前の火宮を見つめる。
黙って俺を見返す火宮の目にしっかりと視線を合わせて、俺は。
「殺して下さい」
無言の火宮の目の端が、ピクンと微かに震えたのが見えた。
「1度はあなたにお願いした。初めてあなたに出会った日。あの日に言った言葉は…時効ではないですよね?」
スゥッと無表情になってしまった火宮は、その時の言葉を覚えているだろうか。
「俺を、殺して下さい」
『俺のこと、飽きたりいらなくなったりしたときには、ちゃんと殺して下さい。怖くなく、できれば痛くも苦しくもなく…』
出会った日に伝えた言葉を、叶えてもらうのはきっと今だ。
そっと視線を落とし、瞼を伏せようとした瞬間、ダンッ、と一歩踏み出してきた火宮に胸倉を掴まれた。
「っ?!」
「本気か?」
「っ…」
「本気で言ってるんだな?翼」
ジッと俺の目を覗き込む火宮の目は真剣で、思わず身が竦むほどに鋭い。
「ッ、ふんっ。…分かった。明日の夜」
「っ、ぁ…」
ドンッとつき飛ばされる勢いで、掴まれていた胸元の手が離された。
ボスンッとソファに戻った身体が、クッションに深く沈む。
「明日の夜、応えてやる」
ふいっと踵を返して背を向けた火宮の背中が、ゆらりと揺れて遠ざかる。
『翼、おまえには、俺の想いも言葉も何1つ、届いていなかったというのか…?』
「え…?」
火宮の背中が何かを小さく呟き、身体の横に垂れた手が、震えるほどに固く握り締められているのが見えた。
え…?怒って、る…?
火宮が纏うのは苛烈なオーラ。
全身から漏れ出るのは抑えきれない怒気。
それを感じ取った俺は、怒りの理由が分からずに、ポツリと1人、困惑した。
戸惑う俺を置き去りにして、火宮は黙って自室に消えて行った。
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