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「嘘だろ?」とか、「見えない…」とか。信じられないのか、信じたくないのか。
ヒソヒソと交わされる声は、俺の耳にも届いてきていた。
「はぁっ。黙っていてごめんね。でも俺にも俺の事情があってさ。ただ俺は…」
みんなを欺くつもりではなくて。そう、思っていたのに。
「火宮くん、俺たちを騙していたのか…?」
ポツリと落ちたクラスメイトの声が、波紋のようにジワジワとクラス中に広がっていった。
「っ…」
騙す、か…。
ハッ、と漏れてしまったのは、自嘲的な笑いで。
ビクッと目の前のクラスメイトが怯んだのは、空気で分かった。
「ごめんね」
謝ったのは、『騙した』ことに対してじゃないよ。
「ごめんね、何をもって、俺がみんなを騙したのか、分からない。分からなくてごめんね」
「っ…」
ヒュッ、と息を飲んだ、何人もの空気を感じた。
「俺がヤクザの関係者の火宮翼です、って自己紹介しなかったから?」
「っ…」
「それともヤクザの関係者なのに、みんなと仲良くしようとしたこと?親睦会に出席したこと?」
「っ、それは…」
「それが騙したことになる、って言われるなら、どうしようもないけどさ。だけど、1つだけ言わせて欲しい」
「火宮くん?」と跳ね上がる呼び声が、あちこちからいくつも聞こえた。
だから俺は、堂々と顔を上げる。
俺に集まる視線の真ん中で、自分に恥じることは1つもないと、はっきり口にする。
「俺はみんなに、何1つ嘘はついてない」
ピリッ、と、教室内の空気が、一瞬にして張り詰めたのが分かった。
「俺は俺自身を、1つも偽ってなんかいないから」
そう、本当にただ素で、みんなと接したよ。
俺は俺の本心で、みんなと仲良くなれたらいいと思った。
親睦会でみんなが可愛いと言ってくれた。そう評された笑顔も言葉も、俺は何1つ偽っていない。
それが俺だよ?
俺自身だよ。
「………」
誰もが息を飲んで固まり、誰も口を開けない。
身動きも、呼吸もままならない、ピーンと張り詰めてしまった空気が場を満たし、誰もその空気を壊すことが出来ずに、恐ろしいほどの緊張状態が続く…。
と、思われた、その瞬間。
「ハッ、庇わなくていいよ」
ダンッ、と、徐に机を両手で叩き、立ち上がった豊峰の声が響いた。
ドッと空気が崩れる。
「っ、豊峰、くん…?」
何を、言い出す、つもりなの…?
ふらりと向かった視線の先で、豊峰がニヤッととても悪い顔をして頬を持ち上げたのが見えた。
「俺のことを庇って、自分に注目集めようとしてんの?マジ、余計なお世話」
「っ、豊峰くんっ!」
「あんたがヤクザの関係者?冗談キツいねー。そんなチビで、弱そうで、可愛いツラしたヤクザが、この世界のどこにいるっつーんだよ?」
ケッケッ、と笑う豊峰は、あまりにニヒルに笑っていて。
「本職から言わせりゃ、ちゃんちゃらおかしいわ。あんたらも、マジでこいつがヤクザ絡みの人間だと思うわけ?俺はそれこそ信じねぇわ」
「豊峰くんっ…」
何を、何を言っているんだ、豊峰は。
慌てて呼んだ声は、豊峰の鋭い視線に制された。
「っ…」
「あんたもさぁ、調子に乗って、自分はヤクザの関係者ですー、なんて軽々しく言わない方がいいぜ?何せヤクザっつーのはな、体面気にして、勝手に代紋借りてでかい顔する奴を許さねぇからな」
「何言って…。俺は本当にヤクザの…」
それこそ豊峰が1番良く知っているくせに。
「はいはい。そんじゃまぁ、証拠に上級生の不良グループ、1人で壊滅させてでも見せるか?」
「なっ…そんなこと」
「ハッ、できねぇだろ」
「できないって言うか、何の理由もなくそんなこと…」
自分の力を誇示するためだけみたいなのは…。
「ふっ、ハッ、お優しい。この甘ちゃんがヤクザ関係者ねぇ?あんたら、どう思うよ」
クラスメイトを見回して、ふははっ、と悪役みたいに笑う豊峰の心が、俺の中をグラグラと揺さぶった。
『庇ってくれてるのはどっちだよ…』
ポソッと落ちてしまった声は、誰にも届かなかった。
「っ、俺はっ、俺は本当にヤクザの関係者だよ!」
「………」
シーンと再び、教室内の空気が固まる。
「それを信じる信じないは好きにしたらいいけど…。信じない理由は何?それって俺がヤクザらしくないから?だとしたら、ヤクザらしいって何なの」
みんなが見ているものは何。
「俺は、俺の見たものを、感じたことを信じるよ。だから俺はみんなと、ただみんな自身を知って、仲良くなれたらと思ってた」
スッと一歩引いた足が、教室の出口に向かって一歩進む。
「俺は、火宮翼。16歳、B型のふたご座。誕生日は6月11日。両親はすでに他界。そして、関東最大指定暴力団、七重組直系蒼羽会、会長の、パートナー」
どれもこれも、俺にくっついた、俺の情報。
俺への評価は、それだけで決まる?
にこりと笑って言い放ち、固まるみんなの視線を振り切り、俺は踵を返してそのまま教室を飛び出した。
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