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「翼さんっ、大丈夫っす、か…じゃ、ない、っす、ね…」
バッ、と上着のジャンパーを脱いで駆け寄ってきた浜崎が、俺の肩にそれをかけてくれながら膝をつく。
「翼、これ…」
投げ捨てられていたズボンと下着を、豊峰が拾ってオズオスと差し出してくれた。
「うーん、こんな感じでいいかな?」
向こうでは、紫藤とタクトが、浜崎たちに沈められた男たちを、グルグルと縛り上げている。
縄跳びと、なんか、ムカデ競争用のか、ロープはまだいいけど、それってメジャーじゃ…。
手当たり次第の紐状のものを使っているのはいいけど、なかなか間違った使い道だ。
「あの、翼さん…」
浜崎が、恐る恐る俺の顔を覗き込んで、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あ、の…」
言いにくそうにどもる浜崎が、更に口を開こうとした、その時。
「ここか。池田、おまえたち」
パタパタと、新たに数人の男が、体育倉庫に駆けつけて来た。
「真鍋幹部」
「あぁ、浜崎。ご苦労だったな」
「いえ、労いなら、そっちの豊峰のご子息に」
え?
え?そういえばどうして校内に、真鍋や池田がいるんだろう。
それを言えば、浜崎もだけど。
「翼さんが体育倉庫に連れ込まれてピンチだ、って、豊峰のボンが教えに来てくれたっす」
浜崎は、校門の前で車内待機していたのか。
「ドモ。でもそれを俺に教えに来たのは和泉だ…ですよ」
「僕はそこの木村くんに、体育倉庫に3年の不良グループが入って行って、その後火宮くんが連れて行かれた、って聞いたから」
「うん。柔道場からちょうど見えて。なんかヤバそうだな、と思って、誰か呼びに行ったら、つーを探している紫藤くんに会ったんだ」
そっか。
会議室からいなくなった俺を、探してくれたんだ。
「僕1人じゃとても助け出せないかと思って、ちょうど帰る前だった藍に声をかけただけ」
「よく言うよ。剣道も合気道もできるくせに」
「いやいや、実戦経験がないからね」
「はぁっ?それって俺が喧嘩慣れしてるって言いてぇの?」
あぁ、みんな。
みんな俺を、連携して助けに来てくれたのか。
こんな友達を得られたことは、素直によかったと思うんだけどな。
「なるほど。それぞれ翼さんのために。礼を言います。礼ついでで悪いが、この者たちは、こちらでいただいても?」
「ドーゾ」
「まぁ、警察沙汰にするわけにはいかないだろうし、学校側に突き出すのも無理ですよね」
豊峰の理解があるのは分かるけれど、紫藤までやけに物分かりがいい。
値踏みするような真鍋の視線に、ケロッと微笑んでいる紫藤は、警察幹部の息子のはずではなかったか。
「あ、その、俺は…」
1人戸惑っているタクトには、真鍋の鮮やかな笑みが向く。
「分かりやすく言うと、きみたちは、何も見なかった、何も知らない、ということにしてもらえればいいということだ」
「は、はぁ」
困惑したまま頷いたタクトに、真鍋が「よくできました」というように目を細めた。
「池田、おまえたち、連れて行け」
縛り上げられて転がされている先輩たちが、蒼羽会の人たちの手によって、運び出されていく。
ぼんやりとそれを見送った俺に、真鍋の無感情な目が向いた。
「翼さん、お怪我は」
頬は腫れ、首元は微かに切れているだろう。
口の中も切っていて、唾液がしみるし、見えない場所なら後孔が、乱暴な前戯のせいで少し傷ついていると思う。
「先に病院に参りましょう」
スッ、と俺の傍らに膝をついた真鍋に、ビクッと身体が強張った。
い、やだ…。
病院になんて行ったら、俺が何をされたのかが、分かってしまう。
「翼さん?」
見られたくない。知られたくない。
俺に怒るんなら、まだいい。
だけど火宮は、あの人は。
「………」
嫌だ。
火宮には何も教えたくない。
俺が何をされて、どんな目に遭ったのか。
だって言ったらあの人は。
あの人はまた色濃い赤にその手を染めてしまう。
再び闇の中に沈んでしまう…。
「翼さん…」
ギュッと唇を噛み締めて、俯いた俺をどう思ったのか。
小さく吐息をついた真鍋の手が、そっと俺の肩に触れた。
「参りましょう」
嫌だ…。
フルフルと首を振る俺に、真鍋の疲れたような溜息が落ちた。
っ…。
だって、だって会えば火宮の傷口を、俺は再び抉ることになる。
再びあの人に、復讐という名の虚しい刃をふるわせてしまうことになる。
嫌だ。
行けない。
会えない。
「翼さん」
言えない!
ぎゅぅ、と真鍋の腕にしがみついて、必死で首を左右に振る。
静かに俺を見下ろした真鍋の口が、ゆっくりと動いた。
「その願いは、聞き入れかねます」
ギュゥッ、と強く噛み締めてしまった唇から、鉄の味が広がった。
目の前が、真っ暗な闇を広げていき、キーンと嫌な耳鳴りがする。
遠ざかる意識を感じたのと同時に、視界が急激にブラックアウトしていった。
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