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「くそっ!くそっ、くそっ!」
ガンッと、壁を殴りつけた火宮の手を、真鍋が無言のままそっと下ろさせた。
「どうしてだ!それほど酷い目に遭ったということなんだな?声を失うほど、ショックなことをされたということだろう?なぁ翼、答えろ!」
「会長」
激昂する火宮を、さすがに真鍋が制止した。
「ッ、あいつらっ…」
ごめんなさい。
「あいつらっ、絶対に許さない」
苛烈なオーラを纏い、怒りに彩られた火宮の瞳は獰猛で妖しく、爛々と光っていた。
「真鍋、行くぞ」
っ…駄目。
パッ、とベッドの側を離れようとした火宮に向かって、咄嗟に手を伸ばす。
キシッ、とベッドが軋み、火宮がこちらを振り返った。
「翼?」
っ、あぁ駄目だ。行かないでなんて、言えない…。
昏い焔を宿す瞳が、俺の心を鈍らせる。
「翼。止めだてするなよ?おまえがなんと言おうとも、俺はあいつらを許さない。限界まで拷問し、その果てに、後悔と苦しみの中で、最後の息の根も止めてやる」
っ、そこまではっ…。
その気持ちだけで十分なのに。
そんなやつらのためにあなたが穢れる必要はないのに。
「おまえをこんなことにした報い、必ず受けさせてやる」
けれど火宮の苛烈な怒りが、俺を想う気持ちから来ることも分かっていて、俺は何も言えない。
その選択が誤りだと分かっていても、俺は、言うことができない。
っ…。
どうしたらいい?
俺はあなたに、手を汚して欲しくない。
だけどあなたの燃え盛る怒りの炎を、俺自身が煽っている。
辛い…。
それもこれも、全部俺が先輩たちに襲われてしまったから。
火宮との関係を正しいと思って宣言したから。
全てが俺のせいで、全部俺が悪い。
声を失ったのは、その罰なのかな。
ギュッと抱えた頭を、ガンガンと立てた膝に打ち付けた。
「おい翼っ…」
「ちょっ、火宮さん?何してるんですか。駄目ですよ、刺激しては!もう、人が診察道具を取りに行っている隙に、何をしているんですか、あなたがたは」
パタパタと駆け寄って来た医者の手が、優しく俺の肩を包み込んだ。
「出て行って下さい」
「おい、先生」
「出て行って下さい。診察と治療の妨げになります」
きっぱりとした医者の言葉が、なんだか今はとっても安心した。
スゥッと肩から力が抜けて、ゆっくりと息が吐けるような気がする。
「先生」
「この子が大切なのでしたら、今は出ていて下さい。少し外に出て、その剣呑な空気を落ち着かせて来てください」
とん、と1つ、穏やかに肩を叩いた先生の手が離れ、スタスタと入り口のドアに向かった先生が、火宮と真鍋の退室を促した。
「ッ、くそ」
そんな言い方を、火宮にして大丈夫なのだろうか。
だけど火宮は嫌そうにしながらも、大人しく病室を出て行った。
さすがは蒼羽会お抱えの医師か。
真鍋もチラッと俺を見た後、それに続く。
っ、先生…。
パクパクと動いた口からは、やっぱり声は出なくて。
「うん?あぁこれ、よければ使う?」
にこりと振り向いた医者が、無地ノートとシャーペンを差し出してきた。
「伝えたいことがあったら、これに書くといいよ。時間はかかってもいいから、ゆっくり話そう」
あぁそうか。声が出なくても、俺の言葉はこうして文字で外に出せてしまうのか。
小さく唇が震えて、指先がひやりと冷えた。
ゆっくりと、開いたノートの1ページ目に、震えるペン先を置く。
ひと呼吸置いてから、俺はサラサラと一行、決して上手いとは言えない文字を書いた。
「うん、そっか。わかった。それがきみの今の気持ちを重くしているのなら、そう伝えてみるね。大丈夫、彼をきみの側には近づかせないよ」
ごめんね、先生。
ごめんなさい、火宮さん。
そっとノートの上にペンを置いた俺は、ゆっくりと目を閉じた。
『火宮さんと、距離を取らせて下さい』
俺が紡ぎ出した文字は、瞼の裏に焼きついたように残っていた。
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