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サァサァと、ぬるいよりもさらに冷たいシャワーを頭から浴びる。
この浴室はさすがに普通の個人宅サイズで、無駄に広すぎるということも、高級過ぎるということもなく、多少は落ち着く。
けれどここが、真鍋個人の浴室で、住み込みのみなさんには、専用の広い浴室が別にある、という話は、もう聞かなかったことにしよう。
ーーぷはっ…。
本来なら浴室の壁に反響すべき声も、やっぱり今の俺は持たない。
ーー真鍋さんと同じ香りだ。
棚に綺麗に並べられたシャンプーを手に取った俺は、ドキドキしながらそれを泡立てた。
ーーこんなの、火宮さんが妬くかな。いや、怒るか。
嫉妬深く、独占欲の強い火宮の眼差しが思い浮かぶ。
ーー怒って…もらう資格、あるのかな…。
他の男と同じ香りを身につけたこと。
他の男の匂いを…この身体につけてしまった俺が…。
ザァッと流したシャンプーの泡が、くるくる回って排水口に吸い込まれていく。ぼんやりとそれを眺めながら、今度はそっとボディーソープを泡立てた。
ーーここ…。
先輩たちに捏ね回されて、無造作に弄られた乳首を、真っ赤になるほどゴシゴシと手のひらで擦る。
ここも…。
くにゃんと垂れた性器にも手を伸ばして、ゴシゴシと痛いほど泡をなする。
っ…。
後ろ。
指を入れられて…。
そっと泡のついた指を蕾に触れさせた瞬間、ボロボロと涙が溢れてきた。
「………」
泣き声も出ない。
ツーンとした鼻の痛みに、唇は震えるのに。
っ…く、ふっ、ぅぇっ…。
まともに泣くことすら出来ないんだ、俺。
ーー火宮さん。火宮さんっ、火宮さん…。
どう足掻いてみても出ない声で、けれども呼びかけたいのはたった1つ、その名前で。
ーー火宮さんっ…刃。じんっ…。
必死で叫ぶも、口がパクパクするだけで、一切響かない音に、虚しくなる。
ーー俺、汚されたんです。
本当は全部、何もかも吐き出して、慰めてもらいたい。
ーーあなたが大切にしてくれたこの身体に、他の男の手垢をつけてしまいました。
その嫌な記憶を、嫌な感触を、全部塗り替えて払拭して欲しい。
我儘だなぁ、俺…。
俺のその記憶は、火宮を傷つける事実でしかないのに。火宮までもを穢す、最低の事実でしかないのに。
ーー気づい、ちゃった…。
火宮の側にいてはいけない。
そう考える頭とは裏腹に。
俺の心は火宮を欲する。
火宮の側にいたい。
うっ、うぅっ…ひっぐっ…。
ズルズルと座り込んでいってしまう身体が、ペタンと冷たい浴室の床に触れる。
頭の上から、サァサァと降り注ぐシャワーの水が、俯いた顔の横を、髪を伝って流れ落ちていく。
ーー苦しい、よ…。
消えてしまいたいな。
もういっそ、俺の存在ごと綺麗さっぱりなくなってしまえばいいのに。
俺がいなければ、俺のせいで火宮が手を汚すこともない。
俺の存在自体が消えてしまえば、同時に汚れてしまった俺も消える…。
この、辛さも。
ザァァッ、と流れ落ちるシャワーの水が、音を遠ざけ、感覚を鈍らせていく。
ハハッ、と浮かんだ笑いは、やっぱり音を作らなくて、ゆっくりと閉じていく目から、視界が消えていく。
あぁ、俺。
俺も……。
「翼さんっ!」
バァンッ、と派手な音を立てたのは、浴室のドア?
「ッ、冷た…っ、この馬鹿者がっ」
パシャパシャと水に濡れた床を踏んで、近づいてきた足音を立てるのは誰。
「ふざけるなっ!」
グイッと掴み上げられた腕が痛い。
まさか真鍋さん?
やけに似合わない乱暴な声で怒鳴っているけれど。
バチィンッ!
っ…痛いっ!
おもむろに、お尻に強烈な痛みを受けて、俺は飛び上がりながら目を開けた。
なにすっ…。
文句を言おうと開きかけた口は、びしょ濡れになったスーツで、ぎゅっと辛そうに顔を歪めた真鍋の姿を見て固まった。
っ…。
「お馬鹿さん…」
なんて似合わない顔、しているんですか。
クールで非情で、無表情がトレードマークなのが、真鍋さんじゃなかったですか?
「お馬鹿さんっ…」
あーぁ、高級ブランドですよね?それ。
ずぶ濡れじゃないですか。
っ…。
ギュッと抱きしめられた身体が、真鍋の濡れたスーツに触れて…。
っ!うあぁぁぁっ。
音にはならない、全力の泣き声が心の底から迸った。
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