アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
323
-
黙ってそのノートに目を通した真鍋が、ふぅっ、と1つだけ、息を吐いた。
ガツッ!
おもむろに振り上げられた真鍋の拳が、勢いをつけたまま、目の前のテーブルに落とされた。
無表情のまま、じっと目を伏せていた真鍋の顔が、ゆっくりと持ち上がる。
「翼さん」
じわじわと真鍋の拳の指が解かれていき、その手がスッと俺に向かって伸びてきた。
っ…。
「よくお話し下さいました」
「ありがとうございます」と頬に触れた指は、ひやりと冷たく、けれどもとても優しくて。
「お辛かったですね」
激情を綺麗に隠し去った真鍋の柔らかな笑みが、真っ直ぐに俺に向いた。
っ!
コクン、と素直に上下した顔から、パラパラと水滴が散る。
嗚咽は音を作らない。
けれど内心から込み上げる熱い雫が、溢れて流れて頬を濡らす。
真鍋の指先にツゥーッ、と伝った涙が、優しく柔らかく掬われた。
そっと、真鍋からノートを取り返す。
ぼやけて滲んだ視界を拭って、新しいページを開き、真っさらなそこに、静かにペンを滑らせた。
『報告に行きますか?』
「はい。とりあえずはお電話で」
『でも真鍋さんも向かいますよね?』
制裁現場。
きっとこの人は、手を汚す火宮の側には、必ず共にいると思うから。
「そう、ですね…」
言い澱むのは、俺の見張りという仕事もあるからか。
きゅっ、とシャープペンを持ち直した俺は、勢いよく、一文を書いた。
『俺も連れて行って下さい』
書きつけた文字を読んだ真鍋の眦が、ピクッと引き攣る。
『俺も、連れ』
「翼さん」
すかさずもう一度、同じ言葉を重ねて綴ろうとした手は、鋭い真鍋の呼び声で、ピタリと止まってしまった。
っ…。
「申し訳ありませんが、それは」
『どうしてですか』
危険はないはずだ。
「ご想像より、多分…」
ものすごくひどい…それこそ惨状?
『覚悟してます』
「ですがやはり、刺激が強すぎるかと」
渋る理由がそれならば、俺は引かない。
『火宮さんがすることです。俺はそれを、この目で見届けたい』
「翼さん…」
そんな、駄々をこねる子供を、辟易して見るような目をしないでよ。
『どんなに酷い有様でも。俺は目を逸らさずにそれを見ようと思います』
「翼さんっ…」
『火宮さんだけに、その手を汚させはしませんよ。その場にいさせてもらうだけでいいんです。ただ、俺も同じその場に立ち、火宮さんのすることを、黙って見させて下さい』
俺の、守りたい人。
守りたかった人。
その身を包む、闇色から。
その身を染める返り血から。
ジッと真っ直ぐ真鍋を見つめ、一瞬たりとも逸らさない。
瞬きさえ我慢する。
「………」
ーー………。
互いに見つめ合ったまま、どれほどの時が過ぎたのか。
いい加減に、目が乾いて痛い、と感じ始めたとき。
「はぁっ…。会長に、お聞きするだけ、聞いてみます」
折れたのは、真鍋の方だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
324 / 781