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「ご……な…い」
声の出せない俺の言葉が伝わったわけではないだろう。
けれども呻く先輩たちの方から、微かに聞こえてきた言葉があった。
「ご、め…さ…」
意識を向けなければ、聞き逃してしまいそうなほどの、小さな声。
けれど確かに聞こえた謝罪の言葉。
っ…。
謝られても罪は消えないけれど。
取り返しもつかないけれど。
「赦すのか?」
火宮の不満げな声が聞こえて、俺はゆっくりと先輩の上から下りた。
ぼんやりと見下ろす両手が、血濡れのナイフを手にしたせいで赤く染まっている。
「甘い」
慈悲じゃないです、これは俺のエゴ。
あなたがどれほど、先輩たちを許せなく思っているかは分かってる。
だけど俺はあなたを業火に焼かせないためならば、先輩たちを許します。
俺はね、火宮さん。
先輩たちへの怒りや腹立たしさよりも、あなたを守ることの方が大事なんです。
ーー我儘だって分かってる…。
だけど俺はただ、あなたを愛してる。
カツン、と1つ、革靴の足音が鳴り、カラーンと遠くに、血に濡れたナイフが蹴り飛ばされた。
「真鍋」
「はい」
スッと目配せをした火宮に、真鍋が傅く。
差し出された銃を恭しく受け取って、そのままそれを懐にしまった。
「………」
無言で顎をしゃくる火宮に、真鍋が頷く。
「かしこまりました。おまえたち」
何がなんだかわからない俺の目の前で、「はいっ!」と一斉に返事をした蒼羽会の人たちが、地面で泣きじゃくりながらひたすら謝っている先輩たちを、1人、また1人と引き摺り、まるで物のように通用口に向かって運び始めた。
ーーあ、の…。
銃をしまったからには、俺の想いが届いたんだと受け取ればいいのだろうけれど。運び出されていく先輩たちの行方がわからない。
「やつらがどうなるかって?」
戸惑う俺に気づいたか、スッと目を細めて見下ろしてきた火宮に向かって、俺はコクンと頷いた。
「ふっ、医者に適当に処置させた後、地下に沈める」
ーー地下?
パクパクと、音にならない言葉を口に乗せる。
「軽く調教してから、最下層…性奴隷よりももっと低い地位、それこそなんでもありの欲処理係に落とすのさ」
っ…。
「竿のないのもいるが、穴があれば十分だろう。猟奇趣味の相手なんかもいるだろうな。そういう場所に下げ渡してやるのさ」
2度と陽の目を見れない。
下手をすれば、結果、死ということもあるのかもしれない。
けれどそれが、火宮の精一杯の譲歩。
俺の、火宮に直接手を下すことをしないで欲しいという願いを、聞き入れてくれたという答え。
っ…。
ーーありがとうございます。
スッと折った膝を、ストンと地面についた。
ーーありがとうございます、蒼羽会会長、火宮刃。
「ふっ…」
こうべを垂れた俺の上に、カツン、と近づいてきた火宮の影が差した。
ーーありがとうっ…。
制裁の結末を変えて、俺の我儘を通してくれて。
俺の大事な、大好きな火宮の手を、守らせてくれて。
「翼」
っ…。
静かな火宮の呼び声に、ピクンと肩が震えた。
ゆっくりと、俯けていた顔を持ち上げる。
目の前に立った火宮を見上げた瞬間。
「ありがとう」
っーー!
なんで。
なんで。俺はあなたの想いを無理に曲げさせ、押し込めさせたのに。
ぶわっと溢れた涙が、いくつもいくつも滴って、ポタポタと地面に弾けた。
「ありがとう、翼。俺はおまえの強さに、いつも救われる」
っ…それは、違う。
俺は俺の我儘で、あなたの想いを踏みにじった。
俺は俺のエゴで、ただあなたの闇色を濃くしたくなかっただけ。
小さくフルフルと首を振る俺に、火宮が鮮やかに笑った。
「おまえの強さは、いつも眩しい」
ーーっ、火宮さん…。
「自分を傷つけた相手を許せて。俺の闇を間違えるなと明るく照らし出し。自らも決して闇には染まらない」
っ…。
「翼」
スッと差し出された手が、真っ直ぐ俺に伸ばされる。
「愛している」
こんな俺を、全力で。
っ、火宮さんっ…。
込み上げた嗚咽は、やっぱり音にはならないけれど。
後から後から溢れる涙は、確かに頬を伝っていて。
震える手を伸ばした俺は、赤く染まったその手を見た瞬間、ビクッと固まった。
あ…。俺。
「取れ、翼。おまえは汚くなんかない」
全てを知って、そう言うの?
「大丈夫だ、翼。おまえは何も、汚れちゃいない」
っ…火宮さんっ。
呼びたい名前は、やっぱり音にはできなくて。
だけどガバッと立ち上がった身体が、体当たりする勢いで、火宮の胸に飛び込んでいく。
失った声の代わりに、触れた身体から伝わるように。
火宮さんっ。
怖かった。気持ち悪かった。痛かった。
襲われて、触られて、傷つけられて。
火宮さんっ…。
ぎゅぅ、と抱きついた身体が、ぎゅっ、と抱きしめ返されて。
「大丈夫だ、翼。俺が全部、塗り替えて忘れさせてやる」
優しく温かい抱擁が、嫌な記憶に縮んだ心を、そっと解きほぐしてくれた。
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