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「ふぅん、そんなことがあったのか」
夜。夕食を済ませて、なんとなく火宮とソファで2人、昼間の出来事をつらつらとメモ帳に書いて伝えていた俺は、くしゃりと髪を撫でられたそのくすぐったさに、身をよじった。
「ククッ、本当に、次から次へとたらしこんで」
っ、たらしてない!
ブンブンと首を振った俺に、けれども火宮は、穏やかに優しく微笑んでいた。
「おまえのことは信じているさ。だが悪い虫がつかないとも限らないからな」
『悪い虫って』
「おまえはこれまで、男女間の友情を成立させるタイプで、愛でられるだけでモテない、と思って来たかもしれないが、おまえの人間的魅力に気づくくらいには、周囲が成熟したということだろう」
『へ?』
「ガキには分からない魅力だ。ついでに色気もな」
ククッ、と笑う火宮が、俺の薬指のリングに唇を寄せる。
「虫除けには、最高に効果的だな」
『虫除けって…』
確かにリングは「恋人います」宣言ではあるけれど、あまりに身も蓋もない。
「まぁそれでも図太く迫ってくる人間がいないとも限らないし、世の中には略奪愛に燃える人間もいる」
はぁっ?この人、大真面目な顔をして、何をトチ狂ったことを言っているんだろう…。
「だがもし告られても、浮気などするなよ?いや、おまえの場合、不倫か」
『ぶ。不倫て』
吹けないけど、吹きそうだ。
「何が可笑しい」
『いや、そんな心配いりませんて。だって多分俺、告白とかされませんから』
「いや、分からないぞ。初めは翼という人間に、人として好感を抱いていても、それが恋愛感情に変わることなど、よくある話だ」
確かに最近は、クラスメイトがとても良くしてくれるし、嫌われてはいないだろうな、とは思うけど。
『あくまで友情ですよ。俺と恋愛なんて。それに俺は、火宮さんひと筋です』
それで火宮が安心するなら、俺はいくらだって恥ずかしい言葉が言えるよ。
まぁ今は「言え」ないんだけど。
「ククッ、それは、ぜひ態度で示してもらいたいものだな」
ニヤリ、って、その苛めっ子みたいな悪い顔。
ーーんべぇ。
盛大なアカンベーに、火宮の片眉だけが器用につり上がる。
「こいつ」
ぶわっ、と火宮から立ち昇ったのは、サディスティックな色香を含んだ妖しいオーラで。
ーーんっ、ふっ、ン、はっ…。
クチュリと舌を絡めとられ、深いキスに唇が塞がれた。
ツゥーッと飲み込みきれない唾液が顎を伝い、呼吸が上がる。
ーーんっ、ンッ…。
必死で応える舌が、疲れて痺れてきた頃、ようやく満足げに、火宮の唇が離れていった。
ん、刃…。
離れた唇を、ぐいと引き寄せて、首筋に押し付ける。
「ククッ、本当、おまえはな」
態度で示せって言ったのはそっちだからね。
つければいいよ、所有印。だってこの身体はあなたのものだから。
あなただけの。
ーーっ…。
チクリとした小さな痛みが首筋に走り、きっとそこは赤く鬱血しただろう。
「ククッ、翼。今度の土日だ」
『え?』
「ご希望通り、のんびりできそうな温泉宿を予約させた」
それは、新婚旅行とかふざけて言っていたやつの話か。
「本当は、披露目式のために土曜の夜を空けていたが、それはおまえの声が戻ってからがいいと思ってな。だから今週末はゆっくり羽を伸ばそう」
ポン、と頭に乗った火宮の手が温かくて、じんわりと胸が熱くなる。
「期待していろ」
ボソッと、色っぽい低音が耳元で囁かれ、ぞくんと下半身に熱が集まる。
それはつまり…。
思わずえっちな想像をした俺は、カァッと頬を上気させながら火宮を見た。
「ククッ、なんだ?何を想像した」
っ、なにって…。
「俺は、部屋付き露天風もあるような、高級旅館を貸し切りにしたから、料理や温泉を楽しみにしていろよ、というつもりだったんだがな」
ニヤリと頬を持ち上げている悪い顔の火宮は、絶対に確信犯だ。
っーー!
こンのどSがっ。
本当、隙あらば、意地悪を仕掛けてくることを忘れないんだから。
性悪にもほどがある。
「クッ、淫乱」
違うし!
「その目。だが俺は、期待しているぞ」
ふんっ、だ。そんな壮絶な流し目を向けて、お尻をちょっと撫でられたからって…もう引っかからないんだから。
ツン、とそっぽを向いてやった俺の耳に、火宮の口元が寄せられた。
『貸し切りの露天風呂で、おまえの艶姿。楽しみだ』
響く嬌声がないのは少し残念か?と笑う火宮に、思わずその光景を想像した俺の頭が、ボンッ、と派手に爆発した。
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