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「翼さん?」
「っ…」
「翼さん。お口に合いませんか?」
タープテントの中、レジャーテーブルに広げられたお弁当は、どこの高級料亭の仕出し料理か、と思うほど豪華で。
本来なら、食欲が唆られまくって大喜びのはずが。
「美味しい、です、ンッ、けど」
パクン、と口に放り込んだ手毬握りの味は、後ろに入れられた玩具の存在に気を取られて、まったく分からなかった。
「でしたら良かったです。さぁ、遠慮なくお召し上がり下さい」
色鮮やかなローストビーフ、頭のついた大きな海老、それから蟹様がドーンと乗ったグラタン、などなどを、ずいっと勧められても…。
「んっ、はい…い、ただきま、あ、ぅ」
箸を伸ばすために身動きすれば、ナカの玩具を余計に意識する羽目になって。
振動こそしていないけど、その存在感は強すぎて。
「ククッ、ほら翼、あーん」
「は?」
ほら食べろ、と言わんばかりに、口元にジューシーなカツを火宮が差し出してくる。
「あの…」
こんな公衆の面前で、それをやれと?
「ん?口移しがいいか?」
「なっ、ばっ…」
なんでこの人、こんなに楽しそうなわけ?
「じ、自分で食べられますっ」
ドキリとして口元を手で押さえたら、ニヤリと笑った火宮が、スッ、とテーブルの陰でポケットに手を入れたのが見えた。
「っ!」
リモコンだ。
「ん?」
薄く目を細める火宮の顔は、妖しく微笑んでいて。
「っ…食べ、ます。食べますからっ」
スイッチは入れないで。
縋るように目を向けた俺に、火宮の手がそっとテーブルの上に戻る。
「ククッ、ほら、あーん」
「あ、あーん…」
うぁぁぁ、恥ずかしいーっ!
カッカと火照る頬っぺたと、じんわり涙が浮かぶ目を堪えながら、俺は突き出されたカツを、パクンと口に入れた。
護衛に立っている浜崎が、目のやり場に困ってワタワタしている。
同席している真鍋の目は完全にシラけているし。
もっ、やだ…。
泣きたい気分になったとき。
「キャァァァ、つーちゃん、ヤバイー!」
は?え?
弾けるような悲鳴が、少し離れたグラウンドの方から聞こえてきた。
「なっ…」
見れば、リカとその仲間の女子たちが、こちらを窺いながら、スマホのカメラを構えている。
「ククッ、さっきからあいつら、こちらを見ているな」
「っ…」
「おまえが抱き上げた女だな」
うわぁ、根に持つな。
すでにお仕置きで、こんな、ローターなんかを入れさせているくせに。
「なにか約束でもあるのか?」
「いえ、その、まぁ…」
チラッと思わず真鍋に視線を向けてしまったら、「何か?」と、冷たく切るような視線が返された。
「いえっ、その、真鍋さんが来たら、お話したい、みたいに言われたんですけど」
「話、ですか」
「でもいいんです、本当、あれは放っておいて…」
むしろこの状態で側に来られる方が困る。
「ククッ、真鍋は女子高生にもモテるのか」
ニヤリ、と企み顔をする火宮には、嫌な予感しかしない。
「呼んでやればいい」
「っ?!」
「会長っ?」
珍しく跳ね上がった真鍋の言いたいだろうことと、俺の思ったことはきっと同じだ。
「嫌ですよっ」
ごめん、リカ、と内心で謝りながら、俺は全力で拒否する。
「お言葉ですが、私もそういった面倒は」
うるさいだけのガキの相手など面倒くさい、と露骨に分かる真鍋の溜息が落ちる。
「ククッ、せっかくのファンだろう?」
「そんなもの、私の本性を知りもしないで」
「クッ、ならばおまえに顔だけで近づくと、大怪我をすると教えてやればいい」
真鍋のクールさ。火宮の意地悪。
本当、この人たちはいつでもブレない。
「ククッ、そこらの女子高生では、裸足で逃げ出す」
あぁそのサディスティックな顔。リカに対しても、ちょっとばかり仕返ししてやろう、って魂胆が丸わかりだ。
本当、焼きもちを焼かせたら大人げないったらない。
だけど。
「だから呼びませんって!」
お尻のナカに入ったままのローターと、それをいつでも動かせる状態にいる火宮。そんなところに、その原因の一端となったリカを、誰が近づかせたいと思うものか。
「ふぅん」
「ふーん、じゃなくてですねっ」
「まぁ俺も、翼との愉しいランチを、邪魔されたくはないか」
なんか楽しい違いに聞こえたんだけど?
「仕方ない、真鍋」
「はい」
「あいつらのデーター、消させて来い」
チラッと火宮が視線を向ける先では、リカたちがスマホを持ち上げ、カシャカシャとシャッターを切りまくっている。
「はぁっ、かしこまりました」
疲れたような溜息と共に、真鍋がゆっくりとタープ内から出て行く。
その途端に、リカたちの「キャァァッ、美形様ぁっ!」の、今日イチの悲鳴が響き渡る。
あれが数秒後には、別の意味の悲鳴に変わるんだろうな、と分かる俺は。
心の中でそっと、凍りつくだろうリカたちに、ご愁傷様と十字を切った。
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