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「それで?本城と名乗ったその男」
浜崎を部屋から追い出し、何かを言いつけてから戻ってきた真鍋と、ソファに移動した火宮と俺は、皺を伸ばして広げられた紙をローテーブルの上に置き、例の男についての話を始めていた。
「藍くんが、多分、フリーのライターじゃないか、って…」
トイレでの出来事を、ひと通り話した俺は、チラリと火宮を見上げた。
「クッ、豊峰の小僧も、なかなかいい勘をしている」
「えっ、じゃぁ…」
「あぁ。確かに、裏の世界の情報を食いものにしている、自称ライターの男が、本城、という名を使ってはいるな」
クイッ、と真鍋に顎をしゃくった火宮に頷いて、真鍋がスッとタブレットを俺に向けて見せた。
「っ!この人…」
「当たりか」
画面には、夕方俺がトイレで会った本城という男が写っていた。
「ククッ、真鍋」
「はい。この男、確かに以前うちにも、取材を申し込んで来ましたが」
「そのとき、丁重にお断り、したはずだな?」
「はい。この男は、ライターなどと名乗っておりますが、その本性は、掴んだ情報を巧みに売買し、裏の世界で暗躍する、悪質な情報屋です」
っ…。
「情報屋…」
「金で情報を売るだけでなく、強請りやたかりも日常茶飯事だとか。本城というのも偽名です。翼さんが渡されたこの番号も、多分使い捨ての、足がつかない携帯のものでしょうね」
一応所有者を調べさせている、と続ける真鍋に、俺はなんだか胃がきゅっ、と縮む思いがした。
「っ、そんな、人、が」
俺に目を付けて、俺から火宮たちの情報を引き出そうとしているということか。
「クッ、とうとう俺の情人が男で、しかも本命だと知ったわけか」
楽しげに目を細める火宮に、恐れはない。
「はぁっ、それもこれも、あなたがあのような不特定多数の人間の前で、翼さんを見せびらかすような真似をするからです」
深い溜息と共に小言を漏らす真鍋に、火宮はニヤリと得意そうな笑みを向けた。
「だが、簡単なものとはいえ、あの会場に入るには、それなりのセキュリティチェックはあっただろう?保護者でも関係者でもない本城が、グラウンドに入れたとは思えない」
「ですから、あなたの例のパフォーマンスのせいでしょう?一体どれだけの写真や動画が、一気にネット上に広がったとお思いですか」
コツン、とタブレットの画面を指で叩いた真鍋が、限界まで呆れた顔をする。
「さてな。100か。200か」
「数を聞いているのではありませんっ!最近は、何かと言ってはすぐに、話題性のある写真や出来事が、なんの悪意も企みもなく、SNS等で流出してしまうのです」
あぁ、しかもそれがSNSとか大好きそうな若者たちの中ならなおさら。
「ククッ、かなりの人間が、スマホを向けていたからな」
「っーー、分かっているのでしたら何故!あなたはもう少し、周囲の状況を考慮してですね」
「あー、はいはい」
「会長っ!そもそも、たかが嫉妬で、あのような暴走行為を…」
ぶつぶつとうるさい真鍋にひょいっと肩を竦めて見せて、火宮がこっそりと俺の耳元に唇を寄せてきた。
「本当、うるさい小舅だろう?」
「え、あの…」
「会長っ!聞こえています」
ドカンと落ちた真鍋の雷に、ニヤリと笑っている火宮は確信犯で。
「ククッ、聞こえるように言ったからな」
「あなたは…」
「クックックッ、だが、翼の容姿、俺の本命という情報は、すぐに公然と広がる予定だろう?」
ケロリと言い放つ火宮に、真鍋の疲れた溜息が落ちた。
「はぁっ。披露目式のことをおっしゃられているのですか」
「あぁ。来週にも執り行う予定だな?」
「そうですね」
スッと表情を無にしてしまった真鍋を、火宮が目を細めて見つめる。
「そうなれば、翼の存在は、同業、サツ、情報屋他に、公然の事実として知れ渡ることになる」
「だからと、あのような振る舞いは…」
「ククッ、今更だ。だが、確かに今日の今日、早々に翼に接触してくる馬鹿がいるとは…当面、翼の警護は強化しろ」
「かしこまりました」と、火宮の言葉を真鍋は受け入れる。
「っ、披露目式…」
「ククッ、今までは半信半疑だったおまえの存在が、それで逃げも隠れもできない事実と認知される。おまえを見る目、周囲の扱いがぐっと変わるぞ」
「っ…」
そ、っか。ついに俺は、内うちの人間以外にも、火宮のパートナーとして認識されることになるのか。
「怖いか?翼」
「っ、いいえ」
あの書類にサインした日に、そんな覚悟はとっくに決まっている。
「ククッ、それでこそ、俺が唯一と認めた、俺のパートナーだ」
「はい」
「真鍋。準備は任せたぞ」
「かしこまりました」
スッと頭を下げた真鍋が、小さな吐息をつきながら、なぁなぁにされてしまったお説教を、諦めたように収めていた。
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