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✳︎
「この度は、本当におめでとうございます」
スーツ姿の恰幅のいいおじさんが、深々と頭を下げる。
きゅっ、と隣の火宮の服の裾を掴んでしまいながら、ペコリと頭を下げた俺は、
会場内の一段高い席に火宮と並んで座り、さっきからずっとこのやり取りを繰り返していた。
「もう、こんなの聞いてないですよ」
挨拶に訪れる人たちの合間を縫って、こそりと火宮に呟く。
「ククッ、傘下の組長も少し呼ぶと言ってあっただろう?」
「少しって…」
10数人を少しと言うのか。
確かに大多数は蒼羽会の構成員らしいけど、それに混ざって、どこぞの3次団体の組長さんやら、なんたらとかいう組織のトップやらがワラワラいるじゃないか。
「ククッ、おまえの顔を知らせておいた方がいいと思う相手だけだ。少しだけ我慢していろ」
「っ、そりゃ、我慢しますけど。でも緊張もするー」
「緊張?」
「だって、どこぞの組長さんばかりでしょう?」
いかにも、なオーラを醸し出しまくりなんだよね。
「ククッ、さすがにおまえでも引くか」
「引くっていうか、何か失礼があったらいけないかな、と」
「ククッ、心配するな。俺が披露目をしているパートナーだぞ?そのおまえに絡む馬鹿などいない」
「へ?」
キョトン、と目を見開いてしまった俺に、火宮の首が傾いた。
「なんだその間抜け面は。失礼をはたらいて、因縁をつけられるのが怖くて緊張しているのではないのか」
「え?えっ?違いますよ?俺はただ、俺の振る舞いが、そのまま火宮さんの評価に繋がるだろうから…」
下手な真似はしたくないってだけで。
「おまえは…」
「えっ?俺、なんか変なこと言いました?」
火宮の目が、呆れているように見えるのは、気のせいだろうか。
「いや。そんな風に、おまえは俺のことをきちんと考える。ったく、そんな出来た奥さんに、誰が文句をつけようものか」
「えー?」
奥さんって…。
「ククッ、ほら、見ろ。今こちらに向かって来るのが、豊峰組長だ」
「えっ?じゃぁあれが藍くんのお父さん…」
火宮が薄く目を細めて示した先には、和服姿の強面のおじさんがいる。
さすがは武闘派のヤクザ、という感じの、映画とかで見る、ヤクザのイメージそのものの人だ。
「似て…ますね、目元とか」
こそっと火宮に囁いたところで、目の前に豊峰組長が辿り着いた。
「本日は、お招きいただきありがとうございます。火宮会長、並びに火宮翼さん、ご入籍おめでとうございます」
「っ…」
俺よりずっと年上の人に、深々と頭を下げられるこれ、本当に慣れない。
またもペコン、とお辞儀を返すだけの俺に、顔を上げた豊峰組長の目が向く。
「翼さんには、うちの倅がお世話になっておりまして」
「らしいな」
ふん、と傲慢に火宮は頷くけど。
「えっ?色々と助けてもらっているのは俺の方ですよ」
「いえいえ。火宮会長の伴侶様に、うちのがお尽くしするのは当たり前のことで」
「は?」
何言ってるの、この人。
思わず隣の火宮を見上げてしまったら、好きにしろ、と悪戯っぽく細められた目を見つけた。
じゃぁ。
「藍くんは友人です。尽くすとか当たり前とか、違うと思います」
「はい?いえ、翼さんのお立場でしたらね、藍など…」
「立場?俺と藍くんはクラスメイトで友人で、対等ですよ。俺たちの学校社会の中で、ヤクザの上下関係なんて、それこそ関係ありません」
ツン、と言ってしまったけれど、ヤバイ。
ちょっと強気に言い過ぎただろうか。
ヤクザの組長を今更恐れはしないけれど、火宮の連れ合いは生意気だと、火宮の評価を下げたらどうしよう。
「あ、の…」
「はっ、はっはは。これはこれは、さすがは火宮会長のお選びになった方です。肝が据わおられて、なんとも頼もしいですな」
さすがだ、と繰り返す豊峰組長は、なんだか勝手に感心しているようだけれど。
「あの…」
「いやぁ、ですけどね、翼さん。藍は、蒼羽会さんとこの、下の組のたかが若です。貴方のようなお立場の方と、馴れ合いはいけませんよ」
「だからそれは…」
「今後とも、ぜひご贔屓に。ですが甘やかさず、バンバンこき使ってやって構いませんから」
ニコニコと、人の話も聞かず、まるで豊峰を自分の所有物のように話すこの人は…。
「………」
売りたい言葉はいっぱいある。
だけど豊峰があれほど世間を諦め、世界に絶望していたあの姿の原因は。
「っ…」
「翼」
トンッ、と火宮に肘をぶつけられて初めて、俺は豊峰組長を、これでもか、というほど睨みつけてしまっていたことに気がついた。
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