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その日を境に、俺を取り巻く環境は、確かに変わった。
試しに1度、披露目式の翌日に、放課後の寄り道をして帰った際も、ちらほらと周りをうろつくライターらしき人影や、組対だと教えられた男たちの影がチラついた。
「翼、今日も真っ直ぐ帰るのか?」
「うん、ごめん。最近付き合い悪いよね」
あは、と浮かべた笑いに、申し訳なさが混じる。
「いや、事情は分かってるからいいけど。おまえも大変だな」
「うん、まぁ。でも覚悟の上であの人の隣を選んだんだからね」
文句や不満はない。
「そっか。まぁあまり無理してストレス溜めんなよ」
「ありがと」
「じゃぁまた明日」
ふらりと手を振って帰っていく豊峰は、今日も護衛を撒いて街に繰り出す予定か。
その後ろ姿を見送りながら、俺は真っ直ぐに迎えの車へ向かう。
「翼、バイバイ」
「うん、また明日」
「つーちゃん、またねー」
車までの道すがら、俺を追い抜いていくクラスメイトたちに笑顔で答える。
ここ最近の俺の放課後は、直帰が基本になっていた。
そんな日々が流れ、徐々に周囲の興味関心が減り、警戒心も薄れ始めた頃のことだった。
「あ、やば。筆箱を視聴覚室に忘れてきた」
ふと、移動教室からの帰り道、廊下でそのことに気がついた。
「はぁっ?ドジ」
「あは、ごめん。取りに行ってくるから、先に教室戻ってて」
隣を歩く豊峰に言って、踵を返す。
「ちょっ、俺もついてくって!」
足早に、来た廊下を引き返す俺の後ろを、豊峰が追ってきた。
あの事件以来、豊峰は校内のひとけのない場所に俺を1人で行かせようとしない。
「過保護!でもありがとう」
くるっ、と後ろを振り向いて、そのまま笑いながら後ろ歩きを始めた俺は、不意にドンッ、と背中に衝撃を感じて足を止めた。
「やばっ、ごめんなさ…」
慌てて前に向き直ろうとした身体が、何故かグイッと羽交い締めにされる。
「え…?」
「翼ッ!」
「チッ、連れがいるのか。面倒だな」
ずりずりと、俺を捕まえたまま後退っていく男の声には、聞き覚えがあった。
「あ、なたは…」
「覚えててくれた?一向に連絡くれないから、来ちゃった」
くく、と笑うその声は、いつだったか、カラオケ店のトイレで聞いた、本城と名乗った男のものだった。
「な、んで…」
ここは学校で、部外者の立ち入りは厳重に管理されているはずの空間だ。
「ふっ、ライター舐めるな。今度、ここの野球部の取材をさせてもらう、っていうんで、ちゃぁんと出版社を通して入れてもらってるんだぜ?」
「っ…」
「翼っ、離れろ!振り切れっ。どうせそんなの、裏のルートを使って、出版社の名前を借りてるだけだっ」
こんな、野球部となんの関係もない、ひとけのない特別教室の廊下をうろついていたのがその証。
それは分かる。俺だって分かっている。
だけど。
「翼?」
「ごめん、藍くん」
「っ、貴様…」
「駄目だ、この人、本気だ」
豊峰からは多分見えない。
でも俺の脇腹辺りにチラリと見えているそれは、注射器のポンプで。
「劇薬…ですか?」
「まぁ、運が良ければ死なないんじゃない?」
それはつまり、致死量のなにか、ということに他ならなくて。
「っ、クソッ!」
俺と本城の会話から、状況を察したらしい豊峰が、ダンッと足を悔しげに踏み鳴らした。
「さぁて、じゃぁ大人しく付いて来てもらおうかな。そっちのキミも」
「どうして!藍くんは関係ないんでしょ?」
本城の狙いは火宮の情報で、用があるのは俺だけのはずだ。
「まぁ、ぶっちゃけ邪魔だけど。ここで自由にして、助けを呼ばれるのも困るからな」
「そんな」
「少しでも妙な動きをしてみろ。こいつが死ぬ」
チク、と小さな痛みを感じた脇腹に、俺の顔は多分完全に引きつった。
「ヤメロ!従う!黙ってついて行くから」
「いい子だ。そのまま俺たちの前を歩け。行き先は俺が指示する」
ちょうどそこで、授業開始のチャイムが鳴った。
「………」
ただでさえ、ひとけのない視聴覚室前の廊下。
授業中ともなれば、ますます人目につくことはないだろう。
何故か校内を隅々まで把握しているらしい本城に連れられ、俺たちはあまりに呆気なく、本城に拉致られていった。
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