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※暴力的な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
「あっ、はっ…」
変化はすぐに訪れた。
トロンと半分閉じた目を、間近の本城に向ける。
「あっ、んっ、ほんじょ、さ…」
「火宮翼?」
「だ、いて…。ねぇ抱いてよ」
スリスリと本城の足に擦り寄り、俺は必死に媚びた笑顔で見上げた。
「っ、はははっ。トんだか。見ろ、火宮刃」
ギリッ、と歯軋りが聞こえそうなほど、火宮の形相が恐ろしい。
あ。
あれ、演技じゃないな…。
ゾクッと感じた火宮の本気に、俺はへらっ、と曖昧な笑みを浮かべて、本城に向き直った。
「あっ、んっ、ほんじょーさん」
スリスリと伸び上がり、本城の身体に絡みつく。
間近になった豊峰の顔が、ギョッとした後、苦しそうにギュッと歪んだのが見えた。
ごめん、藍くん。
カプ、と噛み付いた本城の耳をチラリと舐めて、手はスルスルと本城がナイフを握っている腕に滑らせる。
「うふふ、熱いの。熱くて、シたくて、たまらない」
こそっと囁き声を吹き込み、チラリと火宮に視線を走らせる。
うわー、キレてるー。
ギロッと何故か俺に向く視線が怖いけど、そのことこそがあの人を信じていい証拠で。
「ねぇ、ほんじょーさん」
本城にしなだれかかって媚びながら、向こうに向ける意識の中で、火宮が渋々ながら、集中してこちらを見ているのを感じた。
うん。信じてる。
あなたの高まる集中力。
ピリッと張り詰めた火宮の空気の意味を、迷わず違わず理解する、あなたが信じる真鍋と池田もいてくれる。
信じてる。
あなたが誰より俺のことを、1ミリたりとも間違えずに理解してくれていること。
「ほんじょーさん、ねっ?」
さん、に…いち!
ペロッと首すじを舐めた瞬間、ピクッと震えて緩んだ手から、俺は迷わずナイフを奪い取る。
「ッ?!」
同時に地を蹴っていた火宮と池田。
素早く懐から黒光りする武器を取り出した真鍋が、その攻撃先を真っ直ぐに本城に向ける。
っ…。
たったひと呼吸。
瞬きする間もあればこそ。
投げ捨てたナイフがカラーンと遠くに転がり、俺と豊峰の身体は、それぞれ火宮と池田に確保される。
ダンッ、と激しい音が鳴り響き、足を抱えた本城が床に転がっていた。
その上を、ぐしゃりと踏みつけた真鍋の顔は、無表情よりもさらになんの色も映さない、強烈な無。
怖っ…。
この人が裏ボスと言われている意味が分かる。
なんの感情も浮かばせることなく、無慈悲に人を潰せるこの人の冷酷さは、確かに火宮以上だろう。
「翼っ」
ぎゅっと抱き込まれた身体が痺れる。
ふわりと肩から掛けられた火宮のジャケットから、愛しい人の匂いがした。
「翼」
「あ、あ、火宮さ…」
「翼」
「よ、か、た…」
クタリと開いた右手から、ポトリと床に、1粒の錠剤が落ちる。
それは、俺が飲んだ振りをした、飲み込まなかった錠剤で。
「バレなかったぁ」
俺、マジシャンになれるかな?
あはは、と笑った顔に、ゴツ、と火宮の額がぶつかった。
「無茶をして」
ゆっくりと床に向かった火宮の視線が、憎々しげにそれを睨んだ後、バキリとそれを踏み潰した。
「ごめんなさい」
「本当にな」
それは、無茶をしたことだけでなく、本城に媚びた振りでやらかした、アレやコレやも含んでいて。
「ごめんなさい」
「ふっ、家に帰ったら、仕置きだな」
「あはは…」
やっぱそうなるよね。
さっき見せた怖い顔、妬いてるどころの話じゃなかったし。
でもあなたはやっぱり分かってくれた。
分かってくれたなぁ…。
「翼?」
「んっ、刃…」
あぁ怠い。
ぎゅっ、と抱き締められた身体から、ズルズルと力が抜けていく。
「おい、翼!」
「んっ、刃、ごめ、なさ…俺」
駄目だ。
怠くて、重くて、もう限界。
完全に火宮に預けた身体が、クタリと脱力する。
「翼!」
刃。
刃、好き。
あぁ駄目だ。もう、声を出すのが億劫で、唇を動かすことさえ面倒くさい。
刃。
じん。
一生懸命持ち上げようとした手は、ピクリと動いただけで、ダランと垂れた。
「翼っ!」
刃。
ねぇ、刃。
なにがあっても、俺はあなたを…。
「あ、なた、を…愛し、て…る」
フッ、と遠ざかる意識の向こうで、必死に俺を呼ぶ火宮の声が、何度も何度も響いて消えた。
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