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次に目が醒めたときには、白い服を着た人の影が目の前にあって、カラカラに渇いた喉から、掠れた吐息が漏れた。
あぁ…。
ここ数日は、目にする度に、俺の腕に痛いことをしていく悪魔のようなその人が、いつもの医者で、俺を治そうとしてくれている人だとようやく分かった。
「せ、んせ…」
飲み物が欲しくて手を持ち上げた俺に、医者が振り向いた。
「ん?あ、お目覚め?どうかな、調子は」
「のど…」
「あぁ水分。今用意するから…って、火宮さん?」
医者が冷蔵庫へ向かうより早く、スッと横から現れた火宮が、ペットボトルを持ち、その中身を呷る。
「んっ、はっ…」
ぐいっと上半身を抱き起こされたかと思ったら、すぐに塞がれた唇から、トプトプと少し温くなったお茶が流れ込んできた。
「あー、はいはい、ごちそうさま。というかね、治療の邪魔ですから、ちょっと避けていてくれません?ってお願いしましたよね?」
結局ベッドの横を奪い取ってしまった火宮に、医者が苦笑している。
「ぷはっ…」
「もっとか?」
「ん…」
もういいです。っていうか、俺、今正気で、口移しとか恥ずかしいから!
「チッ…」
つまらん、って…。
「まったくあなた方はね…」
ここはプライベートホテルじゃない、とぶつくさ言っている医者の台詞は、いつだったかも聞いた覚えがある気がして。
「あぁ、火宮さん…」
あのときは火宮がこちら側にいて、死の淵から帰ってきたんだ。
「っ…」
今度は俺が。俺が必ず戻る番。
「翼…」
「んっ」
「先生、翼は?」
きゅっ、と手を握ってくれた火宮が、ふと医者を振り返る。
俺の中ではかなり、いやだいぶ、薬による倦怠感がなくなっているような気がした。
「ん、とりあえず、もう尿には薬物反応は出ていないよ。とにかく水分を取って、点滴もちゃんとして、もし動けるなら、後は運動でもして汗でもか…って、だから火宮さん?」
医者の言葉の途中で、任せろ、と言わんばかりにニヤリと笑った不穏な火宮に、顔を見ていない医者もしっかり気づいたようで。
「だーかーらーね、あなたは一体病院をなんだと…」
「駄目なのか」
「駄目かって…駄目に決まっているでしょう。まったく、そういうことは、退院してから、プライベートでゆっくりとですね…」
「チッ…」
ぷっ…。
「あはははっ、火宮さんが」
医者にお説教されているとか、面白過ぎる。
思わずクスクスと笑い声を上げたら、ムニッと頬っぺたを抓られた。
「痛っ!」
「おまえは」
ニヤリ、とサディスティックに頬を持ち上げたその顔にギクリとする。
あ、やばい。
それ、やばいやつ。
「っーー!」
「先生、出てろ」
「だーかーら…。あぁもう!いいですか?くれぐれも無茶はしないでくださいよ?」
え、待って。先生、待って。
仕方ない、と溜息をついた医者が、火宮に折れてしまいそうな空気を醸し出していて。
「分かっている。仕置きがてら、抜くだけだ」
「抜っ…えっ、なっ…」
「あー、はいはい。でも、彼に使われた薬物の種類はご理解いただいていますね?少しでもフラッシュバックの予兆があったらすぐに止めて下さい」
「あぁ」
「あと、あまり暴れさせて、点滴を抜かないで下さいよ?もう次に抜いたら刺すところありませんからね!」
「あぁ分かっている」
まったくもう、とブツブツ言いながら、白衣の後ろ姿が遠ざかっていってしまう。
「ちょっ、待っ…。え、本気で?火宮さん」
「クックックッ、翼。おまえのちゃんとした笑い声を、数日ぶりに聞いた」
「っ…」
そうか、俺。このところずっと、狂ったようにしか笑っていなかったのか。
ようやく冴える頭と、かなり怠さの抜けた身体に、元の世界が近づいて来ているようで嬉しい。
「だから次は翼らしい喘ぎ声でも聞かせてもらおうか」
「は…?」
いや、元の火宮、というか、いつも通りの火宮、なのは嬉しいことなんだけど。それはそれで複雑というか、ある意味それは取り戻さなくてもよかったというか。
「ほら、脱げ」
「ちょっ、ちょっ…」
「上は点滴があるから、下だけだな」
「ちょーーっ!」
ズルズルと、ウエストがゴムの簡単な病院着のズボンを下ろされて、俺はジタバタと抵抗しながら、必死でもがいていた。
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