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「クックッ、なんてな。しないよ。身体を拭いてやるだけだ」
汗が気持ち悪いだろう?と笑う火宮が、手際よく洗面器とタオルを持ってきて、テキパキと足を拭いてくれる。
「っ、まさかいつも?」
俺がぼんやりと曖昧な世界にいた数日間ずっと、もしかして火宮がこうして献身的に介護してくれていたのだろうか。
「おまえの身体を、治療以外では医者にすら触らせるものか」
「っ…」
出た。
恐ろしいまでの独占欲。
「あなたのそれの方が、よっぽど狂気…」
「ククッ、そういう暴言が出る余裕が戻ったか」
「っ!」
やば、と口を押さえたときには、火宮の手がわざとらしく太腿の上を這い上ってきていて。
「ちょっ、そこは…」
「ククッ、せっかく仕置きは勘弁してやろうかと思ったが、やはり必要か?」
「っーー!ごめんなさいっ」
こうなったときにはもう、これ以上墓穴を掘り下げる前に、さっさと白旗を上げるに限る。
ガバッと膝につくほど頭を下げた俺に、火宮の手はスッと足先の方へ下りていった。
「ははっ」
「え…?火宮さん?」
そんな声を立てた笑い声。
「はは、翼だ」
「っ…」
「おまえだ」
っーー!
サラリ、と前髪を掻き上げる仕草をした火宮に、俺は、普段一分の隙もなく整えられている火宮の前髪が、無造作にだらしなく、垂れていたことに気がついた。
「っ、火宮さん…」
あぁそうか。そうだったのか。
あなたの言動がさっきからずっと、いつも通りだったのは。それって全部、あなたがそう振舞っていただけだったんだ。
あまりにあなたらしいすべての言動。それはあなたがそう見えるように仕向けていただけだったんだ。
なんて愛しい。
なんて切ない、叫びなんだろう。
ーーおまえの苦しみは、全部俺がもらってやる。
あぁ、あなたは自分がどれほど傷だらけになっても、どこまで消耗していたとしても。
「っ、俺のためだけにっ…」
身を焦がすような、身体の奥からぶわっと湧いたこの激情を、どう言葉にすればいいんだろう。
大好き、も、愛している、さえも陳腐に聞こえるほどのこの想い、あなたにどうやって伝えればいい。
「っ…」
「翼?」
「あぁ…」
あぁ、そうか。
だから、そうか。
ーーJe marche la vie ensemble。
発音はどんなか忘れてしまったけど、好きでも愛しているでも足りない想い。
きゅっ、と握った手の薬指の、リングにそっと口づけて。
「抱いて…」
「翼?」
「抱いて下さい」
病室だって構わない。
あなたと今、1つになりたい。
「刃っ」
そろりと伸ばした手を、そっと火宮に触れさせて、きゅっと誘うようにそこを握った。
「翼…」
「っ?」
「翼、いいか、よく聞け」
「刃?」
ぎゅっと俺を抱き締めて、ふわりとのし掛かってきた火宮が、そっと耳元に口を寄せてくる。
「クスリは、抜ける。もうほとんど。そして後2、3日もすれば、それこそ完全に」
「はい」
「だけど翼、たった2度。たった2度でも、その身体に味わったクスリの感覚は、その身体が、きっと一生、覚えている。そう、言われている」
「っ…は、い」
知ってる。知ってるよ。
だからうるさいほどに、法律が禁じているんだ。
人を壊す、怖いものだから。
「体内からクスリの成分を消し去っても、このまま何事もない日常生活に戻れても。おまえの身体が知っているその感覚は、ふとした拍子に、ほんの些細なきっかけで、いつ蘇るとも分からない」
「っ…」
分かってる。
だから、薬物は、絶対にやってはいけないものなんだ。
「覚悟はあるか?翼」
「っ…」
「覚悟は、あるか」
っーー!
それは、「俺は覚悟している」と、優しく強い火宮の想いに聞こえて。
「一生」
共に歩むと言ってくれたあなたは、それを一緒に背負ってくれる覚悟を決めているんだね。
「刃」
だから俺は、負けないよ。
一生共にいてくれる、あなたと共に、俺は歩くから。
「ジュ、ましゅ、レビァんサンブル…」
ぎゅっと抱き締め返した火宮の耳元に、拙い拙いフランス語を1つ。
「ククッ、Je marche la vie ensembleだ」
下手くそ、と笑う火宮の声が、俺の尖った唇に触れて。
「んっ…」
しっとりと重なった火宮の唇に、ふわりと身体の力が抜けていった。
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