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「哀しいですね…」
「翼さん?」
「寂しいですよ、そんなの」
ポツリと落ちてしまった俺の声に、豊峰組長が苦笑した。
「あなたたちは、まだ…」
互いに話せる場所にいる。
まだ分かり合える可能性が少しでもあるのに。
小さく震えてしまった俺の肩を、そっと宥めるように隣の真鍋の手が撫でた。
「っ…」
「豊峰組長」
「なんですかな?」
「私と、そしてこの翼さんには、もう両親がおりません」
「っ、真鍋さん…」
まるで俺の心を見透かしたかのような不意の真鍋の言葉だった。
ハッと隣を見上げた顔が、ゆるりと目を細めて、コクリと頷いた真鍋を見つける。
「っ…話したいと思ったときに、その相手はもういない。『今』を逃せば、『いつか』はもう来ないかもしれない」
楽観的に構えて、機会を逃したその結果、いつかどうにもならなく、取り返せない時があることに気づくんだ。
それを俺も、真鍋もきっと、痛いほどによく知っている。
「あなたは後悔しませんか?」
そのときどんなに渇望しても、2度と手に入ることのないチャンス。
「話せるときにもっと話を…手を伸ばせば届くところにいる間に、もっと…。それを自ら突き放して手放して…あなたは後悔しませんか」
ジッとその目を見つめた俺に、豊峰組長は揺らがぬ視線を返してきた。
「しません」
「っ、豊峰組長さん…」
「後悔はしませんよ。俺は、決していい親ではない。一生、藍には憎まれ続けていられたら、それがいい…」
ストン、と目を伏せた豊峰組長の口元に、薄い薄い笑みが浮かんだ。
「互いにそれが、幸せです」
っ…嘘、だ。
この人は、嘘つきだ。
『だったら何故…』
喉元まで出かかった言葉を、俺はすんでのところで飲み込んだ。
だったら何故、今俺から目を逸らして俯いたんですか…。
代わりにスッと立ち上がり、ゆっくり深く息を吸い込みながら、目を閉じる。
吐き出す吐息とともに、ゆるゆると持ち上げていった瞼の向こうで、ジッと豊峰組長を見つめる。
「最後に1つだけ教えて下さい」
「………?」
「あなたは何故、あのとき、藍くんの命を見捨てようとしたんですか?」
一息に告げた俺に、豊峰組長の顔がピクリと震えた。
「包み隠さない本心を、俺にだけ、教えて下さい」
暗に真鍋はいないものと。真鍋には聞かなかったことにしろと。
伝えるつもりでそう告げた。
「っ、翼さん…」
「豊峰…さん」
そっと呼びかけた俺に、豊峰組長の顔がくしゃりと潰れた。
「ッ!………っ、仕方が、なかったんですよ。蒼羽会さんの大事なお方の前で、そちらはどうでもいいから、うちの息子を助けて下さいなどと、どの口が言えますか?」
「………」
「藍を救って下さい。藍を助けて下さい…俺がそう叫んだ瞬間、うちの組はどうなりますか?」
潰される。
それが簡単に思い浮かぶくらいには、ヤクザ社会のことが分かりかけていた。
「うちの組にいる舎弟や組員たち…彼らもまた、俺の息子同然なんです。ここにしか行き場のなかった者たちばかり、ここにしか居場所のないものたちばかり。俺はその『家』を、守らなくてはならない…」
苦しそうに唸るこの人は。
あぁそうか、この人も。
また、一組織の長なんだ。
「藍に憎まれることは承知で…。藍を失うことは承知で…」
あぁ、本当、嘘つきだ。
だったらどうして泣くんだろう。
「心」がまったく納得していない証の涙。
「選べるわけがない、んです、よね…。息子の命より、組織を」
それより大切なものなど、どこにもあるわけがない。
この人は、自らを喪う気で…。
「本心が聞けてよかったです。ありがとうございました。それから、ごめんなさい」
「っ…く」
「お約束通り、俺の心の中だけに黙ってしまっておきます」
あなたの捨て身のその賭けと本音。
「さようなら。お邪魔しました」
「っ、ぅ、くっ…」
「次にお会いするときは、豊峰組組長と、蒼羽会火宮の連れですね」
親友の父では、もうない。
スッと身を翻して、スタスタと部屋を横切り、襖を開けて廊下に出る。
振り返らずに、斜め後ろを付いてきた真鍋の気配を感じたところで、衣擦れの音がそっと耳に触れた。
「藍をよろしくお願いします」
振り絞られた切実な声が、掠れた音となって届いてきた。
黙ってそれを受け止めた俺は、そのままその場を後にした。
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