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翌日。いつもと変わらない朝。普段通りに学校の支度をした俺は、いつものごとく送迎の車に乗って登校した。
さすがに夏休みまでもうカウントダウンが始まっている校内には、ソワソワと、どこか落ち着かない空気が漂っている。
それでも変わらない通常日課を、今日も通常通りに終わらせて、俺は迎えの車に向かって、のんびりと門までの道のりを歩いていた。
「つー、バイバイ。また明日〜」
キャッキャとはしゃぎながら、放課後の街へ繰り出していくんだろう集団が、俺を追い抜いていく。
「バイバ〜イ、翼」
「バイバ…って、はっ?藍くんっ?」
ニカッとふざけた笑顔で俺の横を通り過ぎたのは豊峰で。
「ちょっ、1人で帰るの?」
「あぁ。当分おまえには池田幹部がつくからさ、俺は放課後は好きにしていいって」
「あ、そういえば」
あまりに通常通りの日常に、そんなことすっかり忘れていた。
「今日は俺、買い出し当番だし。買い物がてら、街をフラフラしてから帰るな」
「そっか」
なんだか楽しそうでよかったよ。
「じゃ、また明日」
「うん、また明日」
当分は真鍋の家庭教師も休みだということで、フラリと手を振って、豊峰が清々と去っていく。
「なんか、あまりに普通」
昨日、事務所であんなことがあったのに。でも、もしかしたら実は思ったほど心配するようなことはないのかもしれない。
「ふぁぁ。平和が何より」
のんびりと生欠伸を噛み殺したところで、池田の待つ送迎用の車の前にたどり着いた。
「お帰りなさいませ、翼さん」
「ただいまです。お迎えありがとうございます」
「いえ…。どうぞ」
俺がお礼を言うと必ず、池田は変な顔をする。
困ったような、苦いような顔をして、後ろのドアを開けてくれる。
「では、真っ直ぐマンションに向かいますが」
「はーい」
俺が後部座席に収まったのを見て、スーッと車が発進した。
見慣れた道のりの、見慣れた景色が窓の外を流れていく。
ぼんやりとその景色を眺めていた俺は、不意にハッとして背もたれから身体を起こした。
「そうだっ、池田さん。あの、ちょっと、シャープペンの芯を切らしていたの思い出して…。あ、コンビニとかで全然いいので。少しだけ寄ってもらってもいいですか?」
通り道だし、コンビニくらいじゃいいよね?
「コンビニですか。分かりました。及川」
「はい」
「すみません。すぐに買ってきます」
ちょうど見えてきたコンビニの前の路上に、スーッと車が止まる。
「翼さん、シャープペンの芯だけでしたら、俺が買って来ましょうか?」
パシリますよ、と申し出てくれる池田だけど…。
「わ、悪いですし、ついでになにか飲み物でも調達しようかなと思って」
新発売のペットボトルとか、チェックするの好きなんだよね。
「そうですか、分かりました」
では、と、俺を車からエスコートしてくれて、護衛として付き添ってくれる。
「ふふ、さすがに池田さんは、コンビニで浮くようなことはありませんね」
「はい?」
「いえ、前に火宮さんとコンビニに入ったときには、もう似合わないのなんのって」
たまたま仕事帰りで、ダークスーツでビシッと決めていたのもあったけど。
思い出してクスクス笑ってしまったら、池田が唖然と口を開けていた。
「会長が、コンビニに入ったのですか…」
「え?はい。俺が寄りたいって言って」
「車でお待ちではなく?」
「はい」
「はぁぁぁ、会長がコンビニ…」
どうしたんだろう?思い切り驚愕、って感じの表情なんだけど。
「池田さん?」
「はっ、いえ。そ、そりゃ、会長もコンビニくらいは寄り…いやでもそんな、いや、はっ、あの…つ、翼さん」
「はい?」
だから、何をそんなにパニックになっているのか。
「と、とにかくお買い物を、どうぞ」
「はい…」
ワタワタと文具の棚の前に俺を誘導する池田の動きが、どこかぎこちない。
なんなんだ?と思いながらも、目についた好みの太さのシャープペンの芯を手に取った俺は、ふと振り返ったところに、運転手の及川の姿を見つけて首を傾げた。
「及川さん?」
「え?なんだ、及川。どうした」
「あ、池田幹部、すんません。ちょっと便所に。すぐ戻ります」
ワタワタと慌てて、トイレの方へ及川が向かう。
「はぁっ。ったく、仕方がないな。早くしろよ」
「了解っす!」
パタパタとトイレに消えていく及川を見て、俺は飲料コーナーに足を向けた。
「わ!この種類、新しい味が出ていたんだー」
好きな銘柄の、新フレーバーを見つけてテンションが上がる。
「ねっ、池田さんは知ってましたか?」
「いえ、俺は」
「ふふ、買っていこっと」
元々あった味と、新発売の味を1本ずつ手に取る。
剥き出しのまま手に持った俺は、テクテクとレジに向かった。
池田が慌てて「持ちます」と言っているのに首を振って、俺はさっさと会計を済ませる。
そうしてコンビニ袋を提げて戻った車に、もう及川が戻って来ていた。
「お帰りなさいっす。じゃぁマンションに帰ってよろしいですか?」
「はい、ありがとうございました」
芯も買えたし、新しいジュースもゲットできて、満足だ。
ゆっくりと走り出した車内で、のんびりとシートに背中を預ける。
後はマンションに帰って、火宮が帰るまでに夕食の支度を済ませて…。
今後の予定にぼんやりと思考を巡らせた、そのとき。
「ッ!池田幹部っ…」
「どうした」
逼迫した及川の声が聞こえ、ふと思考が途切れた。
「まずいっす…ブレーキが、ききませんっ」
「何っ?」
青褪めた及川の声と、ズシ、と低くなった池田の声に、ドクリ、と鼓動が跳ねた。
「チッ、クソ。及川、とりあえず落ち着いて、シフトダウンさせてエンジンブレーキを使え…」
「そ、れが、効かな…」
とっくにやっています、と言う及川の声が震えている。
「この速度のままでは、サイドブレーキも危険すぎる!クソッ…翼さん」
ガコッと助手席のシートを倒した池田が、スルリと後部座席に移動してくる。
「及川、どこかガードレールか壁でもいい、ぶつけて止め…」
「すみません、間に合わな…」
ギクリ、と身体が強張り、ヒヤ、と背筋が冷えたのは、本能的な危機感からだっただろう。
「っ、翼さんっ、伏せて!身を丸めて俺の…」
「おれが車、離れ…すみませ…」
ギャギャギャギャ…ガッシャーン!
池田の力強い腕に抱え込まれ、固く目を閉じた瞬間。耳に派手な衝撃音と、激しい衝撃、全身を押しつぶされるかのような酷い圧力がかかり、思考が散り散りに途切れた。
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