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「池田は、腕や肋骨などの多少の骨折と、頭部の外傷程度で、1か月もあれば完治するだろう」
「そう、ですか…」
「あぁ。さすがに護衛や仕事にはつけないから、当分の間は顔を見せないだろうが、心配はいらない」
無事だ、と紡がれる言葉にホッとする。
だけど、『池田は』?
じゃぁ及川さんは…?
じくりと嫌な予感が湧き、そのまま火宮を見つめたら、わずかに言い淀んだ火宮が、ふぅ、と一瞬小さな息を吐いた。
「っ…」
びくりと身が竦み、思わず上下させた喉がゴクリと鳴った。
「ひ、みや、さん…?」
「あぁ。及川は…」
「っ…」
「及川は、首にした」
「は?え?」
ちょっと待って。
それは俺の疑問の答えになってなくないか?
「あの…」
「ふっ、かなりの重傷だったが、命も意識もある」
「な…」
なんだぁ。
それならそうと初めから…あれ?でも、じゃぁ…。
「く、び、って…」
なんでそんなこと…。
「クッ、当然だろう?俺の翼を守るべき立場にいて、おまえの身を危険に晒し、まんまと輝流会なんかに攫わせたんだ」
「っ…」
「責任を取って当たり前だろう?」
「だけどあれはっ…」
「不可抗力、などとは言うなよ?あいつは翼を乗せる車を安全に管理し、翼の身の安全を確保する義務がある。その責任を果たせなかった」
「そうですけど、でも…」
生理現象なんてどうしようもないんだし…。
「ふん、護衛中は尿意を催さないようにしておくことなど基本だろう」
「だけど…」
そう簡単にコントロールできない場面があったって仕方がないときもあるんじゃ…。
「最悪そうなったとして、何故池田とおまえが戻るまで我慢しなかった。完全に車を空にしたとしても、戻ってきた際に、どうして一通りの車の安全を確認しなかった」
「っ…」
「ブレーキに細工程度ではなく、もしも万が一、爆発物でも仕掛けられていたらどうなっていたと思う。有事ということは、分かっていたはずだ」
「っーー!」
それは、そうだけど…。
「その管理責任を怠った及川のミスだ。あいつの席は、もう蒼羽会(うち)にはない」
冷酷にきっぱりと、そう言い放つ火宮に、俺の心はひどくザワザワと騒めいた。
「怪我…しているんですよね?」
重傷だって言ったじゃないですか。
「俺を…後部座席を守るように…あの状態でも、俺に少しでもダメージがないように、及川さんは…」
運転技術のない俺にだって分かる。
ひどく潰れていた前の座席に比べて、後ろも横もほとんど原型を留めていたあの車体。
及川が極限状態でも、そのドライビングテクニックで自分の身を犠牲にしてでも俺を守ろうとしてくれたこと。
「それなのに…っ」
「ふん、当然だ」
「っ!」
「あの上、お前の身に事故による傷跡でもつけていてみろ」
それこそ及川に命はない、と言い切る火宮に、カァッと怒りが湧いた。
「火宮さんっ…あなたは」
ぎゅっ、と拳を握り締め、ソファから立ち上がり、火宮に食ってかかろうとした瞬間。
「そこまでです。はぁっ、だから、あなた方はまったく。いつもいつもいつもいつも…」
盛大な溜息と、これでもかというほど嫌味ったらしく長い苛立ちの声、そして呆れ果てた表情を隠しもしない真鍋が、不意に俺と火宮の間に割り込んできた。
「っ?!」
いつの間にそこにいたんだ。
一緒に最上階に上がってきた後、幹部室に寄ると言って、会長室にはいなかったはずなのに。
「真鍋」
「まったく、あなたはいつも、翼さんを甘やかし過ぎです。どうせいずれバレますよ」
チラリ、と嫌味な視線を火宮に送り、深いため息をわざとらしく吐いている。
「それから翼さん。あなたは会長を見縊り過ぎです。表面上の言葉だけを捉えて、熱くならないでください」
「ま、なべさん…?」
俺にも盛大な溜息を落として下さった幹部様の、壮絶に冷たいその視線に思わず身が竦む。
「あなた方の痴話喧嘩の弊害は、必ず私に回ってきますので…いい加減にしていただきましょうか」
にっこりと、口角を上げているのに、目だけが鋭い。
あぁ、出た。なんとも器用な表情をした裏ボス様。
「っ…」
「ふん、余計な真似を」
ピシッ、と固まった俺はソファに座るように促され、嫌そうな顔をした火宮は視線で黙らされている。
「及川の処分は、会長のお心遣いと、過分な温情の結果、なのですよ」
「え…?」
スッ、と言葉を紡いだ真鍋に、俺は意味が分からず疑問に首を傾げ、火宮がもう勝手にしろ、と真鍋の言動を丸投げしたのが目の端に見えた。
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