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「ど、ういう意味、ですか…?」
及川を首にすることが、火宮の心遣いで温情?
まったくもってそう感じられない処分に、疑問ばかりが募る。
その疑問をそのまま真鍋にぶつけた俺に、真鍋の小さな溜息が落ちた。
「はぁっ。会長は、あなたを苦しめまいと、伏せておくつもりだったようですけれどね」
「俺を、苦しめる…?」
それって…。
「及川は、重傷でした」
「はい」
「事故による後遺症が残るほどに」
「っ!」
そ、れは…。
「もう、以前のように運転をすることは不可能です」
「っ、そんな…」
命と意識はある。
火宮がそう教えてくれた言葉の裏に、そんな事実が隠れていただなんて。
ショックで言葉を失くしてしまった俺を、真鍋が無表情に見つめてきた。
「その及川が、そのような身体状況になった上でさらに、あなたが拉致されてしまったのは自分の責任だと。車を安易に離れた自分のせいだと。どんな処罰も責任も負うと…。命をも償いに差し出すという勢いでしたので」
「っ!そんな」
そこまで…。
「もともとは責任感の強い男です。それが、今回些細な判断ミスをした。その自分が許せず、相当に自身を責め切っておりましたので」
「っ、だって、でも…」
「えぇ。ですから及川は、うちを破門とし、田舎に帰らせることにしました」
「っ…」
ど、う、して…。
「会長も、私も、そうまでなった男に、許しを与えてやらないほど冷血なつもりはありません」
「だったら!」
だったらどうして許すと、そのまま蒼羽会にいていいと、言ってあげないんですか…。
真鍋の言葉の矛盾の意味がわからずに、俺はギリッと真鍋を睨み上げた。
「はぁっ…。及川は、もう2度と、これまで通りに運転をするのは不可能だ、と言いましたよね?」
「っ、はい」
それがなに。
「あなたは、及川が、自分を責め抜く中、生きることを許され、その上さらに、元のように運転手にも戻れず、もう構成員としての未来もない身体でうちに残り、惨めな立場に立ち続けろと、言うことができますか?」
「え…?」
「及川を許し、うちに置き続けるということは、及川に、終わらない一生の罰を与え続けるということです。終わりのない責め苦に、ずっと晒し続けるということを意味するのです」
「っ、そ、んな…だから」
火宮は及川を、首にしたということか。
自分を責め、罰を求める及川に、命を奪う一歩手前の精一杯の咎めを。
許しの代わりに処罰を。一生苦しませないために蒼羽会からの解放を。
「っ…ひ、みや、さん…」
あぁ、あなたはやっぱり優しくて、ちゃんと情に厚い人だった。
及川を責める言葉をいくつも吐きながら、本当は及川を救いたくて。
そして俺を、救ってくれようと…。
「俺の、責任でもありますね」
「翼」
「俺も、有事だと知りながら、安易にコンビニになんか寄らせたんです」
そうしなければもしかして、起きることのなかった拉致事件かもしれないんだ。
俺のせいで事件が起きたといっても、過言じゃない。
「そのせいで及川さんが不自由になったことを、俺に知らせないために…」
あなたは、自分が1人悪者になって。
「傷つきますよ、俺は」
あなたが危惧したように、やっぱり及川の処分も未来も、俺の責任がゼロではないと思うから。
「だけど、ちゃんとちゃんと感謝もしてます」
「翼…」
「及川さんはその身を犠牲にしてでも、やっぱり俺のことをちゃんと守ってくれたと思うから。結果は拉致されてしまいましたけど、それでも俺の身に、事故による傷は何一つついていないんです」
「………」
「だから、お礼を言わせてください」
去り行く人に、許しではなく感謝を。
「翼っ…」
「俺を、攫わせてしまった罰を失くせとも与えるなとも言いません」
「翼」
「この先苦しいだけの蒼羽会に残ってくれとも言いません。だけどただ、俺はあなたが好きでしたと。ありがとうございましたと。それだけ、言わせてください」
火宮はそれを許してくれるだろうか。
俺にできる償いは、ただその気持ちを伝えることしかできないから。
「俺は姐です。蒼羽会の、あなたのパートナーです。他から見て、このやり方は、きっと間違っているんでしょう。だけど俺は、俺らしくいたい。これが、蒼羽会会長、火宮刃のパートナー、火宮翼のやり方です」
火宮たちの考えの元、火宮たちの世界のルールに、俺が口を出すことはしないよ。
ミスをした構成員を赦せと、俺が火宮に乞うことはない。
だけどただ、俺は俺の想いで、構成員さんたちを大切にしたいから。
「ハッ…おまえは、本当に」
「だから、大丈夫だと。申し上げたでしょう?」
額を押さえて天井を仰ぎ見た火宮と、緩く目を細めて珍しいドヤ顔をした真鍋が、くつくつと笑いだした。
「まったく、敵わん。どこまで強い。どこまで眩しい」
「火宮さん?」
「あなたがお選びになられた方です。この程度のご反応、当然のことと思いますが」
「真鍋さん?」
急に笑い出した2人は、一体なんなんだ。
「好きにしろ」
「っ、火宮さん」
「だが翼。俺以外の男に告白させろというのは、一体どういう了見だ?」
「へっ?」
「及川に好きと、さすがにその発言は、会長の手前、いただけませんね」
「っ、それは、だからっ…」
人としてってことで。俺を守ってくれた大事な人って意味で。
「これは仕置きが必要だな?」
「っーー!」
なんでそうなる。
「霧生につけさせた鞭跡の件もあるし、バイブも突っ込まれたんだったな」
「っ…だ、から、それは…」
「感触と記憶を塗り替えてやるついでに、じっくりたっぷりとその身体が誰のものか、仕置きも兼ねてもう1度覚え込ませてやる必要があるな」
「っ、ゃ…」
「躾けのし直しと、染め直しだ、翼」
ニヤリと吊り上がったその口元が、ゾクリとするほど妖しく艶めかしく。
「っーー!い、いりませんっ。知ってますからっ、俺が火宮さんのものだってことーっ!」
「ふっ、逃げられると思うな」
「やっ…」
「及川は破門、池田は謹慎」
「え?」
あ。
当分顔を見せないぞ、って、そういう意味もあったのか…。
「おまえだけなんの咎めもなく許されていいのか?」
ん?と目を細める火宮は、本当によく俺の性格を分かっていらっしゃる。
「う…それは」
「うちが狙われていると知っていて、寄り道したいなんて我儘を言ったと言っていたじゃないか」
「うーーっ」
「男らしく、潔く罪を認めるんだろう?」
「それは…」
うぅ、こうなったらもう、ヤケだ。
「っ、受けてやりますよっ。お仕置きでもなんでもっ。好きにしたらいいでしょう?」
あぁ、俺の馬鹿な口。
なんで素直に可愛らしく、ごめんなさい、って言っちゃえないものかな。
「許してください」って甘えて媚びれば、少しは火宮の気もおさまるって知っているのに…。
「ククッ、真鍋。ホテルの部屋を一室押さえろ」
「かしこまりました」
「翼、覚悟はいいな?」
ニヤリ、と笑った火宮の、むせかえるような色香と、サディスティックなその企み顔に、クラクラとめまいがした。
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