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1人分の食事だけをテーブルに置いて、俺は黙々とそれを消費し始めた。
我ながら、美味い。
味付けに成功したロールキャベツは、煮加減もちょうどよく、グラタンは間違いなく美味しい。
ふーんだ。別にいいもんね。
火宮さんに作ったわけじゃなくて、俺が食べたかっただけだしー。
つーんと尖らせた唇を開け、グラタンを乗せたフォークを運ぶ。
「熱ッ!」
ハフハフしながら目には涙が浮かぶ。
「っ…くそ。熱いしー!バカ。馬鹿…」
別に期待なんかしていたわけじゃない。
向かいの席で、「美味いな」なんて微笑む火宮の姿なんか想像したりしない。
なのにやけに目につく正面の空席が腹立たしい。
「んーっ、美味しい。明日の朝も食べられるとか、ラッキー」
声高に漏らした独り言が、やけに虚しく響き渡った。
結局、食事が済み、片付けも終わり、風呂に入っても、火宮は帰宅しなかった。
「もう寝よ…」
別に待っていろと指示されたわけではないから、さっさとベッドに入ってしまう。
アレのときや、俺より体格のいい火宮が寝るにはせいせいとしてちょうどいいベッドだけれど、1人だとやけに広々と感じる。
「寒…」
布団を引き寄せ、それに包まるように丸くなって目を閉じる。
一定の鼓動の音と、静かな呼吸だけが耳に響く。
生きてるんだよな…。
1度捨てた命が、まだこうして心臓を動かし、吐息を漏らしている。
火宮が拾った、火宮の所有物。
生かされているだけで充分だ。
欲など出すな。
本来なくしたはずの生だ。人生だ。
自分に言い聞かせるように、強く強く繰り返す。
「んっ…」
小さく身じろいだこの身体も、所有者は俺じゃない。
当然、この心も。
「ふ…」
コロンと寝返りをうった身体が、冷たいシーツの上を滑った。
「あぁ、もう眠っているか」
んー?だれ?夢?
ゆらゆらと心地良い眠りの中、ぼんやりと誰かの声がした気がした。
「今日はすまなかったな。せっかく夕食を作ってくれただろうに」
ふわりと頭を撫でる優しい何かの感触が気持ちいい。
同時に香った香水の匂いが…。
え?香水?
夢ってこんなリアルに匂うっけ?と思わず疑問が浮かぶ。
いや、これ現実?
夢と現の境界線が、まだいまいちはっきりしない。
眠りにしがみつきたい身体が、意識を浮上させることを拒んでいる。
「おやすみ、翼」
尾骶骨を直撃する低く艶のある声が耳元に聞こえ、柔らかな温もりが額に触れた。
火宮の声に、火宮の唇の感触。
随分とリアルな夢だ。
またしてもキツく鼻を掠めた香水の匂いまで、まるで現実で。
キツイ香水?
それは、火宮の匂いではなかった。
そもそも火宮はこんなにあからさまに香水などつけてはいない。
今まで1度も気づいたことはないから、多分火宮は香水を使わないはず。
なのに、鼻をつくこの匂いは。
もっと言えば、これは女の…。
「っ?!」
一気に意識が浮上して、パチリと大きく目を開いた。
「あれ?」
すぐ間近にあったかと思った火宮の気配はもうどこにもなく、その姿も見えない。
「やっぱり夢?」
ボーッと天井を眺めた目に、薄くリビングから差し込む光が見えた。
あ、夢じゃない…。
俺が寝る前はピタリと閉まっていた寝室の扉。
それが薄っすらと閉まり切らずに開いている。
火宮が出入りした証だ。
「ってことは…」
さっきの感触も匂いも本物だということで。
「ッ!」
途端に、胸をズキリと貫いた痛みはなんなのだろう。
呼吸が浅くなり、息がしづらい。
「っ、つぅ…」
咄嗟に寝巻きの胸元を押さえた手が、小さく震えた。
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