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「伏野さん?大丈夫っすか?」
部屋を飛び出した廊下で、ふと声をかけられた。
「え?あ、浜崎さん」
もしかしてずっと廊下で待機していたんだろうか。
「何かあったっすか?」
「あ、いえ。ちょっと恋バナみたいのになっちゃって、逃げてきました。浜崎さんは…」
「オレは念のため、不審な人間が出入りしないか見張りつつ、ラウンジでのんびりしてるんで」
たまたま身体を動かしに見回りに来たら俺が見えた、と。
「何かすみません」
「いえ、仕事っすから。それより恋バナって、もしかして会長の?」
「あー、まぁ、その?」
「逃げるって何で…」
自慢ばかりじゃ、と呟く浜崎は、やっぱり火宮信者様だ。
「だって恥ずかしいし!」
「会長が?」
いや、いきなりドスの効いた声はやめて下さい…。
「火宮さんが恥ずかしいっていうんじゃなくてですね…」
「あー、照れ臭いんすね!青春っすねー」
ご理解いただけたようで何よりだけど、やっぱりどこか微妙にズレてる。
「まぁいいけど…」
「つー?どしたの。えっと、知り合い?」
ふと、廊下の先から、ふらりとサエが現れた。
「あれ?」
「ん?あたしはトイレの帰りだけど」
いつの間にかいなかったのか。
気づかなかった。
「どしたの、廊下で」
「あ、いや、俺もトイレに…」
愛想笑いを浮かべながら、そっと足を引いたら、サエがいきなりバッと俺の前に立ちはだかった。
「つーに変なちょっかいを掛けないで下さいっ!」
「は?え?サエ?」
目の前に両手を広げたサエの背中がある。
つまりはサエは、浜崎に向かって何やら叫んだようで。
「だって、絡まれてたんでしょう?」
ガクガクと震えている足を踏ん張りながら、サエが気丈に言った。
「あー、いや?」
確かに浜崎は、ちょっと見、チンピラに見えなくもないけど。
「俺も男だし。サエに守ってもらわなくても…。そもそもその人、知り合いだから」
大丈夫、とサエの肩に手をかけて、俺はそっと後ろに下がらせた。
「浜崎さん、何かすみません」
ペコンと深く頭を下げたら、浜崎が慌てたようにワタワタした。
「いやっ、構わないっすけど。だからやめて下さいっ」
「でもサエが失礼なこと」
「大丈夫っす!気にしてませんので!それじゃオレはまた向こうにっ…」
お邪魔しましたっ、と慌てふためいて去っていく浜崎を見送る。
「あ、つー。あたし、何か、ごめん」
「ん。いや、いいよ。ありがと」
勘違いとはいえ、心配してくれたのは分かる。
「な、何か、その…どういう知り合いかって聞いていい?」
「え…」
「何ていうか、その、あまりいい感じの部類の人じゃないような気がして…」
まぁヤクザの構成員だしね。
「いい人だよ。すごく」
俺にはね。
たとえ世間一般から見てそうじゃなくても。
「そ、っか。じゃぁ本当、何かごめん」
「んーん、俺こそ」
言えないことが多すぎて。
きっとみんなからしてみたら、ヤクザというのは恐れる対象で、忌むべき存在なんだろう。
だけど俺は、そのヤクザと付き合ってるんです。
それを知ったらどう思う?
俺は悪いことをしているつもりはないけれど、きっとそれまで無邪気に向いていた、みんなの明るい笑顔は一瞬で凍る。
こちら側にいる俺に、屈託のない笑顔は2度と向かない。
「つー?」
「ん?」
「つばさ!…って、いた。あまりに遅いから見に来たよー」
サエと微妙な空気になったところで、不意にバンッと部屋のドアが開いた。
「あ、ごめん」
「あっれー?何なに?サエちゃんと2人でコソコソ?」
部屋を出てすぐの廊下でグズグズしていた俺に、ハルの悪戯な目が向いた。
「違う…」
「あたしはたまたまトイレから戻ってきたところで」
「つばさは?」
「あー、っと、これからトイレへ…」
何してんの、と笑うハルが、トンッと俺の背中を突いた。
「じゃ、一緒に行こ」
「は?女子と連れションとか意味わかんないんだけど」
普通しないし、と眉を寄せれば、ハルはケラケラと楽しそうに笑った。
「それもそっか。じゃぁサエちゃん、付き合って」
「えっ?あたしは今行ってきたばかりで…」
「いいから、いいから。一緒に来てよ」
ふふっ、と笑いながら、ハルは今度はサエの背中を押して廊下を進んで行ってしまう。
「ちょっ、ハル?もうっ、押さないでってば…」
「まぁまぁ」
キャッキャと言い合いながら、遠ざかっていく2人の後ろ姿が廊下の角で消える。
一瞬ハルの、鋭い視線が、俺に向いたような気がした。
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