アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
318
-
俺は…。
先の続かない言葉を一旦諦めて、俺はキュッとシャープペンを握り直した。
『あの、火宮さんは?』
俺の距離を置きたい宣言を聞き、どうしているのだろうか。
「会長は…」
わずかに言い渋った真鍋に、首を傾げてしまう。
『真鍋さん?』
「会長でしたら、あちらへ向かいました」
っ!
あちら、というのは…先輩たちの方?
『それって』
「はい。あなたから何も聞き出すことが出来ない以上、向こうに吐かせるしかありませんので」
っ、じゃぁ、じゃぁ俺がされたことは…。
「すぐにすぐ、分かってしまうことはないと思います。やつらも保身に走る。そう簡単には真実のすべてを話すとは思えません」
『でも』
「えぇ。自白剤、拷問、極限まで精神を削り、追い詰め…いずれは真相に近づくでしょう」
っ!
思わずギギッ、とノートに濃い線を引いてしまった俺を、真鍋は静かに見下ろした。
「それを汚いと、罵られますか?」
っ、俺は…。
「あなたが沈黙を貫いたことが無駄になる、あなたは会長に、そういうことをさせたくなかったのに、と喚き立てますか?」
っ…この人は。
「けれど、そのどれも、あなたのせいではありません」
ゆっくりと1度、目を伏せた真鍋が、軽く息を吐いて、顔を上げた。
「我々は、ヤクザです」
きっぱりと言われた言葉が、知らずのうちに詰めていた息を吐き出させた。
「ですから、それは、あなたのせいではありません」
火宮が手を汚すこと…。
「あなたに責任はありません」
あぁ。この人は、やっぱり優しい。
『俺が、火宮さんの側に、いてもいいのだと、思いますか?』
俺のせいで火宮は穢れたりなんかしない。
俺のせいで火宮が道を誤ることはない。
真鍋の言葉は、その思いは、十分わかったけれど。
だけど。
『そもそも、俺が油断して襲われたりしなかったら』
そう。そのことに責任がないとは、俺には言えない。
「でもあなたは出来うる限りの抵抗をなされました」
『だけど』
「先生の診断から推測するしかありませんが、あなたは全力で、きちんと抵抗なされたでしょう?」
『それでも、俺が汚されてしまった事実は消えない。だから俺はやっぱり、火宮さんの側には、いちゃいけないんじゃないかな』
思いと同じスピードで、書き殴る雑な文字を、真鍋がゆっくりと目で追った。
「はぁっ。すぐにすぐ、説得できるとも思っていませんでしたが」
頑固ですね、と苦笑する真鍋は、やっぱりいつになく優しい気がして。
「分かりました。ご納得いただくまで、好きなだけ会長と離れられたらよろしいです」
『真鍋さん』
「とりあえず、入院加療を要する体調ではないそうなので、ご自宅にお帰りいただけますが」
『そうですか』
「会長は、当面ホテル住まいをなされるそうですから、ご安心してお帰りいただけますよ」
っ!
それって、俺が部屋の主を追い出して、自分はのうのうとその部屋を占拠しろということか?
『そんなの、無理です』
そこまで図々しくなれない。
「では会長にお帰りいただいてよろしいのですか?」
『それは…』
弱々しく震えた俺の文字を真鍋が見下ろす。
はぁっ、と溜息をつく真鍋の言いたいことは分かる。分かるよ?
火宮が出て行くのも駄目、帰ってくるのも駄目では、ならどうしたらいいんだ、って、俺も思う。
「うちに来ますか?」
は?
え?今なんて?
「ですから、私の家にいらっしゃいますか、と。当面、翼さんお1人を預かるくらいは可能です」
え、え。真鍋さんち?
それは非常に興味深いけど…。
『いいんですか?』
真鍋もだけど、それを火宮が許すのだろうか。
チラリと窺った真鍋は、小さな微笑を浮かべていた。
「会長に話をつけてみましょう」
この人が、何の勝算もなしに、物事を安請け合いしないだろうことは分かる。
っ…。
甘えてしまって、いいのだろうか。
「翼さん?」
っ…。
だけど今の俺には、もう少し時間が必要だ。
震えるペン先を、緊張しながらゆっくりと滑らせた俺は。
『お願いします』
出来るだけ丁寧に一言綴った。
その文字を見て、真鍋がゆったりと頷いた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
319 / 781