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「真鍋。処理班を呼んでおけ」
「かしこまりました」
「関係各所の処理も任せた」
「了解致しました」
火宮の腕の中から、2人の事務的な会話を黙って聞く。
「これはこのまま連れ帰るぞ」
「はい」
「やつらの痕跡と、おまえと同じ匂いを消してやる」
くん、と髪に近づけられた鼻に、ギクリと身体が強張った。
「はぁっ。お電話でご報告させていただいた通りですよ」
「ふん。分かっていても、腹立たしいものは仕方がない」
忘れてた。
この人の並みじゃない嫉妬と独占欲。
「ですが手負いということはくれぐれもお忘れなく。無理をなさらないであげて下さい。仕事の方は、本日、明日の午前中までは調整いたします」
「………」
「お車までお送りいたします」
スッ、とエスコートするように、俺たちの前に立つ真鍋を、火宮が変な顔をして見ている。
「会長?」
「いや…」
小さく否定の言葉を漏らして歩き出した火宮だけれど。
『あの真鍋がサラッと翼を庇った?仕事の調整など…俺にまで優しいとは気持ちが悪い』などと、ボソッと呟いた声は、腕の中にいる俺だけに聞こえていた。
✳︎
っ…。
帰って、来た。
静脈認証をクリアしてくれた火宮に促され、玄関を一歩入ったところで、ドッと安堵の息が漏れた。
「翼」
スッ、と俺の横を通り過ぎて、先に上がった火宮が振り返る。
「お帰り」
ふわりとした優しい微笑みと、そっと伸びて来た手に思わず目が潤んだ。
身を屈めて、ゆっくりと近づいて来た美貌は、キスの予感。
うっとりと目を閉じ……ようとした瞬間、俺は何故か、パッと両手で口を押さえて、一歩後退りしていた。
「翼?」
っ…駄目だ、怖い。
だって俺はこの口に…。
口に先輩のを…。
両手が震えて、涙がジワリと滲んだ。
「はぁっ…」
小さな吐息と共に、屈めていた身体を起こしてしまった火宮が、次の瞬間には、ダンッ、と廊下の壁を拳で叩いた。
ビクッと竦んだ身体が、カタカタと震えてしまう。
どうしよう…。火宮さんを怒らせた…。
「翼」
低い声で名を呼ばれ、俺はソロソロと手を口から下ろす。
「翼」
ーーっぁ…。
サッと靴下のまま玄関に下りて来た火宮が、グイッと腰を抱いてくる。
突然のことに動けない俺が、固まったままでいる唇に、荒々しい火宮の口づけが落ちてきた。
んっ…。
貪るように激しく荒く、口内を舌が暴れ回る。
呼吸もままならない激しいキスに、酸素を求めて喘ぐ口の端から唾液が垂れた。
ーーふ、んんっ…はぁっ…。
はぐはぐと喘ぐ口から、それでも音は漏れなくて。
息苦しさから、頭の芯がボーッと痺れたようになっていった。
『くそっ、あいつらめっ。翼にこんな、こんな傷をつけやがって…』
ギリッ、と火宮の奥歯が軋んだ音が聞こえた気がした。
鈍くなった頭は、その言葉を理解しない。
解放された唇から、とにかく酸素を取り込もうと、必死で呼吸を整えていた俺は、突然ぶわっと身体が浮き上がり、パニックになりかけてジタバタと暴れた。
「翼」
え…?
俺をお姫様抱っこにして、玄関を上がった火宮が、ぎゅっと歪めた顔で俺を見下ろしていた。
「ちゃんと消す。おまえの傷も、恐れも、記憶も。全部俺が、きっちり癒してやるから安心しろ」
チュッ、と触れてきた唇は、殴られて腫れている頬っぺたで。
ーー怒って、ないの…?
「おまえは綺麗だ。どこも汚れてなんかいない」
チュッ、と次に口づけが落とされたのは、器用に持ち上げられた手のひらだ。
そっと目を伏せた火宮のそれは、あまりに神聖なもののようで優しくて、囁かれる言葉は甘い毒のようにゆっくりゆっくりと俺の全身に回っていく。
「翼。好きだ。翼、愛している」
とてもとても大切なものに触れるかのように、首へ、胸へとキスが滑る。
いくつもいくつも清めのキスを落とされながら、俺はいつの間にか寝室に運ばれていて、そっと優しく背中がベッドに抱きとめられた。
ーーあ、靴…。
玄関から抱かれてきたから、土足なんだけど。
「ククッ、そんなことを気にする余裕が戻ったか」
そういえば。
可笑しそうに目を細めた火宮が、ポイポイと靴を脱がせてくれる。
「翼。おまえはそのままただ、俺を信じていればいい」
ニヤリ、と笑った火宮は、いつもの火宮で、とても自信満々で。
コクンと頷きを返した瞬間、スルリと上着が落とされた。
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